秋の日に、学びの原点をたどる―杉田玄白の誕生日に寄せて

秋の光がやわらぎ、木々の葉に季節の深まりを感じる十月二十日は、杉田玄白の誕生日です。玄白は一七三三年、江戸に生まれました。当時の暦では享保十八年九月十三日に当たります。『解体新書』の名とともに記憶されるその生涯をたどると、解剖学を学ぶ私たちにも通じる、知ることへの切実な思いが見えてきます。

1771年、玄白は前野良沢、中川淳庵らと共に、江戸の小塚原で行われた解剖に立ち会いました。そこで目にした人体の構造と、持参したオランダ語の解剖書の図がよく一致することに驚き、翻訳を志します。 学んできた知識を、目の前の事実に照らして確かめる。その姿勢に、私は心を引かれます。見慣れた説明をいったん離れ、自分の理解を問い直すことには、勇気が要るからです。翻訳は容易な仕事ではありませんでした。言葉の壁を前に、仲間と知恵を持ち寄り、一つずつ意味を探っていきます。一七七四年に刊行された『解体新書』には、良沢や淳庵らの力に加え、図を描いた小田野直武の仕事も息づいています。 その成立を思うとき、発見を人に伝えるまでの長い道のりにも目を向けたくなります。観察し、言葉を選び、図を整える。誰かが理解できる形にすることで、知識は次の人へと手渡されます。

今日、解剖学を学ぶ環境は大きく変わりました。精細な図譜や画像が身近になっても、実際の人体に向き合うと、思い描いていた形との違いや、一人ひとりの身体の多様さに気づきます。学生が手を止め、図譜を開き、隣の仲間と確かめ合う。その時間には、知識を自分の理解へと育てる営みがあります。そして現在の解剖学教育は、献体を志された方々と、ご家族の深い理解に支えられています。学ぶ機会を託された者として、丁寧に観察し、得た知識を将来の医療へ生かす責任を感じます。

玄白の誕生日に思うのは、まだわからないことに出会ったときの、私たち自身の姿勢です。疑問を急いで片づけず、立ち止まって見直し、人と語り合う。研究室でも実習室でも、その小さな積み重ねが学問を前へ進めます。秋の日に玄白の歩みを振り返りながら、明日の観察を、今日より少し丁寧にしたいと思います。

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