学会に送り出すときに思うこと

「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という諺があります。英語では “You can lead a horse to water, but you can’t make it drink” といいます。研究指導をしていると、この言葉が頭に浮かぶことがあります。教員は、研究テーマを示し、実験の方法を教え、読むべき論文を紹介できます。実験がうまくいかなければ原因を一緒に考え、結果が出れば、その解釈について議論します。ただ、教員がどれほど準備をしても、学生本人に代わって研究を理解することはできません。「なぜこうなるのだろう」「もう少し調べてみたい」と思い、自分で手を動かす。その部分は、どうしても本人に担ってもらう必要があります。

私たちの研究室では、学類生や大学院生が学会に参加する機会をできるだけ設けています。まだ研究が十分にまとまっていなくても、途中の段階で外の人に話を聞いてもらう意味はあります。研究室の中では説明しなくても通じることが、外では通じない。反対に、自分ではそれほど重視していなかった結果に、関心を寄せてもらえることもあるでしょう。自分の研究がほかの研究者にどう見えるのかを知ることは、その後の進め方を考える参考になります。

発表の準備も、研究を見直すよい機会です。限られた時間で説明しようとすると、何が大事で、何を省いてよいのかを考えなければなりません。ポスターに図を並べてみて、初めて話のつながりが悪いことに気づく場合もあります。背景の説明を書こうとして、先行研究を十分に読めていなかったと分かることもあるでしょう。発表の準備には、そうした理解の穴を埋めていく作業が含まれています。

こちらも原稿やスライドを確認し、必要な修正を加えます。その際には、直された箇所だけでなく、なぜ直されたのかを考えてほしいと考えています。なぜこの説明を加えたのか。なぜ、この結果からその結論は言えないのか。理由が分かれば、次は自分で判断できます。発表資料が完成することと、本人がその内容を理解することは、いつも同時に進むとは限りません。だからこそ、準備の途中で立ち止まり、自分の言葉で説明してもらう時間が大切になります。

学会当日は、自分の発表以外にも目を向けてほしいです。近いテーマの発表では、自分たちの方法とどこが違うのか、どのような点を慎重に検討しているのかが気になります。少し離れた分野でも、図の見せ方や説明の仕方は参考になります。論文では数行で済まされている実験上の工夫を、発表者から直接聞けることもあるでしょう。せっかく同じ会場にいるのですから、直接顔を合わせて気になったことは尋ねてみてほしいと思います。

もちろん、初めての学会で質問するのは緊張するものです。大勢の前で手を挙げるのが難しければ、発表が終わった後に声をかけてもよいと思います。ポスターの前で「ここがよく分からなかったので、教えていただけますか」と尋ねるだけでも十分です。立派な質問をしようと構える必要はありません。分からないことをそのままにせず、相手に聞いてみる経験を積んでほしいのです。

自分の発表で答えられなかった質問も、持ち帰るべきものの一つです。その場ではうまく説明できなくても、後から論文を調べたり、研究室で相談したりできます。質問の内容は、記憶が薄れないうちに書き留めておくとよいでしょう。発表が済んでほっとする気持ちは分かりますが、そこで終わりにせず、次に何を確かめるかまで考えてもらえたらと思います。

一方で、学生が動かないように見えるとき、それを本人の意欲の問題だけで片づけることもできません。何から始めればよいのか分からないのかもしれませんし、自分の理解に自信が持てず、質問をためらっているのかもしれません。就職活動や大学院の課題など、ほかにやらなければならないことを抱えているかもしれません。教員から見れば当たり前のことも、初めて経験する学生には見当がつかない場合があります。学会前に聴きたい発表を一緒に選ぶ、発表後にどんな質問が出たかを聞く。その程度の働きかけでも、次の行動につながることはあるはずです。

「水を飲ませることはできない」という言葉は、指導する側の限界を表しています。ただ、それを理由に手を離してよいわけでもない。どこまで手を貸し、どこから本人に任せるか。その加減を考えることも、研究指導の難しさだと思います。学生には、学会からできるだけ多くのものを持ち帰ってほしいと願っています。使ってみたい実験方法でも、読みたくなった論文でも、話を聞いて刺激を受けた研究者の名前でも構いません。「あれは面白かった」「自分もこんな実験をしてみたい」。帰ってきてから、そんな話を聞けることを期待して送り出しています。

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