遺伝的素因と胎生期の免疫環境が重なると、自閉症の中核症状が増悪する―遺伝子と環境の「two-hit」モデルで明らかに
Research article | Molecular Autism (2023)
Immune activation during pregnancy exacerbates ASD-related alterations in Shank3-deficient mice 妊娠中の免疫活性化はShank3欠損マウスにおけるASD関連異常を増悪させる
Ekaterina Atanasova et al.
Institute for Anatomy and Cell Biology, Ulm University, Ulm, Germany
Abstract
自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder; ASD)は、社会的相互作用・コミュニケーションの障害と反復行動を中核症状とする神経発達症である。ASDの発症には遺伝的要因が強く関与する一方、妊娠中の感染などの環境要因もリスクを修飾すると考えられている。しかし、遺伝的素因と胎生期の環境因子がどのように相互作用して症状の重症度を決めるのかは十分に分かっていない。
本研究では、ASD関連遺伝子Shank3を欠損したマウスと、妊娠中の母体免疫活性化(maternal immune activation; MIA)を組み合わせた「two-hit」モデルを作製した。妊娠12.5日目(GD12.5)の母マウスにウイルス感染を模倣する二本鎖RNAアナログPoly I:Cを20 mg/kg腹腔内投与し、生まれた雄マウスについて社会行動、反復行動、超音波発声、運動機能などを解析した。さらに、線条体、海馬、前頭前野のシナプス後肥厚部(postsynaptic density; PSD)に存在するタンパク質をWestern blotで調べた。
その結果、Shank3欠損単独のマウスと比較して、two-hitマウスでは社会的接近行動の障害と過剰なself-groomingがさらに悪化した。一方、運動機能などのASD関連併存症については、Shank3欠損単独よりさらに悪化することはなかった。
興味深いことに、行動症状が悪化したtwo-hitマウスでは、Shank3欠損単独で低下していた複数のPSDタンパク質がむしろ増加していた。これらの結果は、ASD様症状にはシナプスタンパク質の単純な増減ではなく、シナプス後部を構成するタンパク質のバランスの乱れが重要である可能性を示している。

結果
妊娠マウスにPoly I:Cを投与すると、投与3時間後には血清Interleukin-6(IL-6)が有意に増加し、明確な全身性免疫反応が誘導された。野生型母体では生理食塩水群との比較でp=0.0114、Shank3ヘテロ欠損母体ではp=0.0085であった。一方、投与9時間後にはIL-6の群間差が消失しており、炎症反応は一過性であった。
Poly I:C投与による母体への影響は非常に強く、体温低下や体重減少に加え、Poly I:C群では55–60%の母体が胚を喪失した。ただし、生存して出生したtwo-hitマウス自体が他の遺伝子型より選択的に生存しにくいという結果ではなかった。
成体となった仔マウスの社会行動を調べると、two-hit群であるPol-KOマウスだけがthree-chamber testで同種個体への明確な選好を示さなかった。さらに、same-sex reciprocal social interaction testでも、Pol-KOマウスは最初の社会的接触を自ら開始する割合が低く、Sal-WTとの比較でp=0.0052、Pol-WTとの比較でp=0.0018であった。Shank3欠損単独では明確でなかった社会的接近障害が、胎生期の免疫活性化によって顕在化したことになる。
反復行動にも顕著な違いが認められた。Shank3欠損マウスではもともとself-groomingが増加していたが、two-hitマウスではさらに長時間groomingを行った。Pol-KOとShank3欠損単独のSal-KOとの比較ではp=0.0020、Pol-WTおよびPol-Hetとの比較ではいずれもp<0.0005であった。すなわち、Shank3欠損による反復行動が胎生期MIAによってさらに増悪した。
一方、すべてのASD関連表現型が悪化したわけではない。Shank3欠損マウスとtwo-hitマウスはいずれもopen fieldで移動距離が低下し、marble buryingでは強い回避様行動を示し、Rotarodでも運動協調障害を示したが、これらについてtwo-hit群がShank3欠損単独群よりさらに悪化することはなかった。したがって、遺伝要因と環境要因を組み合わせた影響は、主として社会性と反復行動というASDの中核症状に現れた。
さらに興味深い結果がシナプスタンパク質解析から得られた。Shank3欠損単独のSal-KOでは、特に線条体や海馬のPSDで複数のタンパク質が低下していた。ところがtwo-hitのPol-KOでは、その一部が逆に増加した。
線条体では、Pol-KOでShank3欠損単独群と比較してSHANK3e、SHANK2、mGluR5が増加した。homogenateではSHANK3eがp=0.0114、SHANK2がp=0.0010、mGluR5がp=0.0091であった。
海馬でも同様の変化がみられ、PSDを含むP3 fractionではPol-KOとSal-KOの比較でSHANK3eがp=0.0013、SHANK2がp=0.0021、HOMER1b/cがp=0.0236で増加した。
シナプスタンパク質量がShank3欠損状態から一見「回復」する方向へ変化したにもかかわらず、ASD様行動はむしろ悪化した。

議論
本研究は、ASDの遺伝的素因と胎生期の環境因子が相互作用することで、症状の重症度が変化することを示している。特に重要なのは、Shank3欠損単独では明確でなかった社会性障害が、胎生期のPoly I:C曝露を加えることで顕在化した点である。
これまでShank3欠損マウスでは社会行動異常や反復行動が報告され、MIAモデルでもASD様行動が報告されてきた。しかし本研究では、この二つを組み合わせることで、遺伝的リスクを持つ個体が胎生期の免疫環境によってより重い表現型を示し得ることを実験的に示した。
一方で、結果は単純な「二つの異常を足せばすべての症状が重くなる」というものではなかった。運動協調や活動量などの併存症様表現型はtwo-hitによってさらに悪化せず、超音波発声についてもShank3欠損単独とtwo-hitでは異なる変化を示した。遺伝的要因と環境要因との相互作用は、神経機能ごとに異なると考えられる。
さらに注目すべきは、行動障害の悪化とシナプスタンパク質量の変化が単純には対応しなかったことである。Shank3欠損単独ではSHANK2、HOMER1b/c、mGluR5などのPSDタンパク質が低下する一方、two-hitではその一部が増加した。それにもかかわらず社会性とself-groomingは悪化していた。
著者らは、主要なSHANK3 isoformが欠損したままでは、他のPSDタンパク質が増加しても正常なシナプス構造や機能を再構築できない可能性を指摘している。すなわち、ASD様症状を決めるのは特定のシナプスタンパク質が単純に「多い・少ない」ということではなく、SHANK3、SHANK2、HOMER、mGluR5などから構成されるシナプス後複合体全体の適切なバランスや配置なのかもしれない。
本研究ではシナプスタンパク質量を解析しているものの、実際のシナプス伝達機能を調べる電気生理学的解析は行われていない。また、two-hitで行動症状が悪化する分子機構そのものはまだ明らかではない。今後、神経回路解析や電気生理学、発達段階ごとの解析を組み合わせることで、胎生期の免疫活性化がShank3欠損脳の発達過程をどのように変化させるのかを明らかにする必要がある。
本研究は、ASDを単一遺伝子の異常だけで理解するのではなく、「遺伝的素因 × 胎生期環境」という観点から病態を捉える重要性を示している。特に環境因子は遺伝子変異そのものより介入可能性が高いため、将来的にはASDの発症や症状重症度を修飾する環境要因を理解する手掛かりになると考えられる。





