「私」と「あなた」が「私たち」になるとき―身体同期が生む一体感

同じ時を刻む身体―音楽、ダンス、そして一体感の神経科学

音楽に合わせて複数の人が同じ動きをすると、その場に独特の一体感が生まれます。ライブ会場で観客が一斉に手を打つ場面や、盆踊り、合唱、合奏などにも共通してみられる現象です。こうした「動きが揃うこと」は、心理学や神経科学では対人同期(interpersonal synchrony)として研究されてきました。

この分野でよく知られているのが、2009年にHoveとRisenが報告した実験です。参加者はメトロノームに合わせて指を動かし、その際、実験者も同じように指を動かしました。実験者の動きが参加者と同期している場合と、わざとタイミングをずらした場合を比較すると、同期して動いた相手に対する親近感が高くなることが示されました。会話や協力作業を行わなくても、動作のタイミングが一致するだけで、相手への印象が変化することになります。同じ年、WiltermuthとHeathは、集団で歩調を揃えたり、歌いながら同じ動きをしたりすることで、その後の協力行動が増えることを報告しました。身体運動の時間的な一致によって、自分と他者との心理的な境界が弱まり、「自分たち」という感覚が生じやすくなると考えられています。このような現象は、自己と他者の表象が重なるself–other mergingという概念でも説明されています。

ダンスそのものを用いた研究もあります。Tarrらは2015年、3人組で同期して踊る条件と、それぞれ異なる動きをする条件を比較しました。その結果、同期して踊った参加者では、他の参加者に対する親近感が高くなりました。また、同期運動後には痛覚閾値の上昇も認められています。この結果から、社会的結びつきに関与する内因性オピオイド系が、同期運動による一体感にも関与する可能性が議論されています。ただし、この研究ではオピオイドそのものを直接測定したわけではなく、痛覚閾値を間接的な指標として用いています。音楽が人を同期させやすい理由の一つは、拍という共通の時間構造をもっていることです。私たちは音楽を聴くと、次の拍がいつ来るかを予測し、それに合わせて運動を準備します。同じ音楽を聴く人同士は、同じ時間軸を共有しながら身体を動かすことになります。

ダンスの場合には、さらに相手の動きを見ながら、自分の動作を微調整します。したがって、単に「音楽に合わせる」だけではなく、「相手に合わせる」という相互作用も同時に進んでいます。互いの動きを予測し、その予測が繰り返し一致することで、相手は次第に「動きを予測しやすい存在」となります。この過程が、親近感や安心感の形成に関係していると考えられます。

近年では、二人以上の脳活動を同時に記録するハイパースキャニングと呼ばれる手法も用いられています。合奏や共同作業の際には、参加者間で脳活動の時間的な一致がみられることも報告されています。ただし、同じ音楽や刺激を共有しているために脳活動が似ている可能性もあり、これをそのまま「脳と脳が直接同期した」と解釈することはできません。音楽やダンスが生み出す一体感は、共通のリズムを予測し、身体を合わせ、さらに相手の動きを予測するという一連の過程から生じていると考えられます。人間は、言葉だけで他者との関係を築いているわけではありません。同じ時刻に足を踏み、同じ拍で手を打ち、同じリズムの中で身体を動かすことも、他者との距離を縮める重要なコミュニケーションの一つです。

一方で、こうした「一体感」が脳内でどのように形成されるのかについては、まだ分かっていないことも少なくありません。相手の動きを予測するとき、運動野や頭頂葉、側頭葉、報酬系はどのように情報をやり取りしているのでしょうか。また、自分と他者の境界が変化するとき、自己身体の表象を担う神経回路にはどのような変化が起こるのでしょうか。さらに、複数人の脳活動にみられる同期は、単に同じ刺激を受けた結果なのか、それとも互いに予測し合うことによって新たに生じた活動なのかという問題も残されています。

身体の動きが揃うと、なぜ心まで近づいたように感じるのか。ダンスや音楽は、この身近な現象を手がかりに、脳が他者をどのように理解し、「自分」と「他者」、そして「私たち」という表象をどのようにつくっているのかを考えるための興味深い研究対象でもあります。

参考文献

Bigand, F., Bianco, R., Abalde, S. F., & Novembre, G. (2024). The geometry of interpersonal synchrony in human dance. Current Biology, 34(13), 3011–3019.e4. doi:10.1016/j.cub.2024.05.055

Curzel, F., Tillmann, B., Fournel, A., Novembre, G., & Ferreri, L. (2026). Joint music listening enhances interpersonal affective and neural synchrony. Cortex, 198, 74–91. doi:10.1016/j.cortex.2026.02.012

Stupacher, J., Rosso, M., Vuust, P., & Keller, P. E. (2027). Multiple pathways to social bonding through music. Current Opinion in Psychology, 73, Article 102431. doi:10.1016/j.copsyc.2026.102431

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