ヒトの発生を培養皿で探る―ES細胞樹立から28年

1998年11月6日、米国ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソンらは、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)株の樹立を『Science』に報告しました。さまざまな組織へ分化する能力を保ちながら、ヒトの細胞を長期間培養できるようになったのです。11月6日は、その成果を報告した論文の掲載日であり、2026年で28年がたちます。

ES細胞は、初期胚が胚盤胞と呼ばれる段階になったとき、その内部にある細胞の集まりに由来します。未分化な状態で増え続ける「自己複製能」と、神経や筋肉、腸の上皮などへ分化する「多能性」を備えています。研究で重要なのは、この二つを両立させることでした。細胞を一時的に培養できても、すぐに分化したり増殖が止まったりすれば、継続した実験には使えません。

研究チームが用いたのは、不妊治療のために体外受精で作製され、提供者の同意を得て研究に提供された胚でした。内部細胞塊を取り出し、培養を支える細胞の上で増殖させ、五つの独立したES細胞株を樹立しました。細胞は凍結保存と解凍が可能で、未分化な性質を維持して継代できました。その能力は、形態の観察だけで判断されたわけではありません。染色体や細胞のマーカーを調べるとともに、免疫不全マウスへ移植して分化能力を確かめました。形成された奇形腫には、神経上皮、骨、軟骨、腸上皮など、三胚葉に由来する組織が認められました。長期間の培養を経ても、多様な組織へ分化できることを示した結果です。

この成果によって、ヒトの発生を培養細胞で研究する道が広がりました。どのような条件で神経細胞や心筋細胞へ分化するのか。動物で分かっていた仕組みは、ヒトにも当てはまるのか。こうした問題を、ヒト由来の細胞で検討できるようになったことに大きな意義があります。創薬への期待もありました。必要な種類の細胞を十分な量で用意できれば、薬の効果や毒性を調べる実験に使えます。当時の大学発表でも、比較的早い段階での応用として薬剤スクリーニングが挙げられていました。失われた細胞を補う移植治療だけでなく、病気や薬の作用を調べる研究材料としても注目されていたのです。

1998年の時点では、目的の細胞だけを自在に作れたわけではありません。分化すると複数の種類の細胞が混在し、分化の制御や移植時の免疫拒絶など、解決すべき課題が残っていました。ヒト胚を使うことについても、科学的な可能性とともに倫理的な検討が求められました。

この論文を振り返ると、細胞を取り出すことに加え、その性質を確かめ、保存し、繰り返し実験に使えるようにする仕事の重みが分かります。ヒトES細胞の樹立は、発生の仕組みを調べる基礎研究と、医療への応用を考える研究に、共通の実験材料をもたらした出来事でした。

参考文献

  1. Thomson JA, et al. Embryonic stem cell lines derived from human blastocysts. Science. 1998;282(5391):1145–1147. doi:10.1126/science.282.5391.1145
  2. University of Wisconsin–Madison. Wisconsin scientists culture elusive embryonic stem cells. November 6, 1998.

本日は、研究室の学生とのミーティング&来週の実習の準備を行いました。解剖実習で出会った若き才能たちに再び会えることを楽しみにしています!

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