暦は薄く、夢は厚く

カレンダーを一枚めくると、11月という文字が現れます。あと二枚になった紙の薄さに、今年もここまで来たのだと思います。昨日と今日で何かが大きく変わったわけではありません。それでも11月1日の朝には、仕事の手を少し休めて、過ぎた時間を振り返りたくなります。

窓の外では、木々が枝の先から色づき始めています。日なたを選んで歩くようになり、夕方には思いのほか早く暗くなります。年の初めに思い描いたことのうち、どれだけ形にできただろうかと考えます。手をつけられずにいる仕事や、読みかけの本を見ると、残り二か月という時間が急に短く感じられます。

そんな折、若い人たちの姿に、ふと目を留めることがあります。以前はうつむいて話していた学生が、自分の考えを懸命に説明しています。何度もうまくいかなかった実験について、次はこうしてみると提案してきます。一緒に過ごしていても気づかなかった変化が、ある日、言葉や表情の中にはっきりと現れます。

若い人の才能に触れる喜びは、完成された成果を見るときだけにあるのではないと思います。こちらが見過ごしていたことを不思議に思う目や、納得するまで問い続ける粘り強さにも、その人ならではの力を感じます。まだ本人も、それを自分の長所とは思っていないかもしれません。だからこそ、気づいたときには、具体的な言葉で伝えたいと思います。

一方で、期待するあまり、成長を急がせてはいないかとも考えます(自戒を込めて)。自分の経験から助言できることはありますが、それだけでは届かない場所へ進む人もいるはずです。答えを先に渡したくなる気持ちを抑えて、その人が何を見つめているのか、もう少し聞いてみたいと思います。11月1日。今年の残りを数える気持ちの傍らで、これから長い時間をかけて育っていくものを想います。先週、交わした何気ない会話が、いつか思いがけない仕事につながるかもしれません。そんな先のことはまだわかりませんが、明日また話を聞けることを、楽しみにしています。

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