炎症から抱擁へ、そして抑うつへ ー世代を巡る物語

年度末が近づいてきて火の車ですが、研究は淡々と進めなくてはなりません。本日は、医療科学類の3年生が研究進捗報告と論文紹介を行いました。フロンティア医科学学位プログラムの学生が論文紹介を行いました…のはずでしたが、次回に持ち越しになりました。臨床検査技師国家試験の日程が近づいてきています。医療科学類4年生は力を見せてほしいものです。

Brain, Behavior, and Immunity, 2017年(Volume 63, Pages 127–136)

Maternal immune activation transgenerationally modulates maternal care and offspring depression-like behavior (母体免疫活性化は世代を超えて母性行動および子孫の抑うつ様行動を調節する)

Marianne Ronovsky, Daniela D. Pollak et al.

Department of Neurophysiology and Neuropharmacology, Center for Physiology and Pharmacology, Medical University of Vienna, Austria

Background

妊娠中の免疫活性化は自閉症、統合失調症、気分障害のリスク因子である。Poly(I:C)はTLR3経路を活性化し、ウイルス様免疫応答を誘導する。これまでE12.5でのMIAは成体F1に抑うつ様行動を引き起こすことが示されていたが、母性行動を介した世代間伝播の検討は行われていなかった。母性行動はHPA軸調節、グルココルチコイド受容体(GCR)、ミネラルコルチコイド受容体(MCR)の発現変化を通じてエピジェネティックに影響を及ぼす可能性がある。

Abstract

妊娠期感染は発達期脳異常の原因として認識されつつあり、将来的な精神疾患発症に関与する。Poly(I:C)(20 mg/kg, i.p.)を妊娠12.5日(E12.5)に投与する母体免疫活性化(MIA)モデルにおいて、行動および遺伝子発現変化が世代を超えて伝達されることが示唆されている。本研究では、MIAが母性行動(MCB)に与える影響およびその世代間伝播を検討した。その結果、E12.5でのpoly(I:C)刺激はP0母体の母性行動異常を引き起こし、その変化はF1雌にも伝達された。さらに、F2世代では母系および父系双方の影響を受けた抑うつ様行動の増強が観察された。海馬におけるMCB関連遺伝子の発現解析では、F1およびF2世代において保存的かつ修飾された発現パターンが認められた。

ハイライト

• 妊娠期の母体免疫活性化(MIA)は、母性行動に影響を与える。

• 妊娠期免疫刺激後の雌子孫における母性行動の変化は、交配相手である雄のMIA既往歴に依存する。

• 祖父母世代で妊娠期免疫刺激を受けた第二世代の子孫は、抑うつ様行動の増強を示す。

• MIA既往を有する第一世代および第二世代の子孫の海馬における転写変化は、世代を超えて保存される部分と修飾される部分の両方を含む。

Results

妊娠12.5日目にpoly(I:C)を投与して母体免疫活性化(MIA)を誘導すると、P0母体ではlicking/grooming(LG)が有意に減少し、巣作り行動が増加した一方、授乳や非仔関連行動には差は認められなかった。F1雌が母親となった場合、その母性行動は祖父母世代のMIA歴に依存して変化し、母系・父系の交互作用が認められた。特にLGおよび授乳行動は系統の組み合わせによって増減を示した。F2雌では強制水泳試験におけるimmobilityの増加とショ糖嗜好の低下が観察され、抑うつ様行動の増強が示された。これらの行動変化はF1母のLGや授乳行動と有意に相関した。分子レベルでは、F1海馬でミネラルコルチコイド受容体(MCR)およびグルココルチコイド受容体(GCR)の発現が上昇し、F2ではMCRのみが特定の系統で増加したほか、OXTRやGPERの発現変化も認められ、世代を超えた保存と修飾の両側面が示された。

Figure 1は、本研究全体の実験デザインを示した模式図であり、妊娠期母体免疫活性化(MIA)が母性行動および世代間の行動・分子変化にどのように影響するかを検証するための流れをまとめたものである。まずP0世代では、妊娠12.5日目(E12.5)にpoly(I:C)(20 mg/kg, i.p.)を投与する群(PIC)と生理食塩水投与群(SAL)に分け、MIAを誘導している。出産後、PD1〜6の期間に母性行動(licking/grooming、巣作り、授乳、非仔関連行動)が評価された。その後、F1世代の仔は離乳後に成体まで飼育され、一部は海馬の遺伝子発現解析に用いられ、残りはF2世代作出のための交配に使用された。
F2作出にあたっては、F1雌とF1雄を組み合わせた2×2の交配デザインが採用されており、祖父母世代のMIA歴の有無を母系・父系で組み合わせた4群($SAL×#SAL、$SAL×#PIC、$PIC×#SAL、$PIC×#PIC)が設定されている。この設計により、母系効果、父系効果、そしてその交互作用を統計的に検討することが可能となっている。F2世代では成体雌を対象に、強制水泳試験やショ糖嗜好試験による抑うつ様行動評価、Open FieldおよびRota Rodによる一般行動評価が行われ、さらに海馬におけるストレス関連受容体やホルモン受容体のmRNA発現が解析された。すなわちFigure 1は、妊娠期MIAから母性行動の変化、さらにF1・F2世代における行動および分子変化へと至る世代間連鎖を体系的に検証するための全体設計図を示している。

Discussion

本研究は、妊娠期の母体免疫活性化(MIA)が母性行動を変化させ、その影響が世代を超えて子孫の情動行動および脳内分子発現に波及する可能性を示したものである。近年、妊娠期感染が自閉症、統合失調症、うつ病などの精神疾患発症リスクと関連することが疫学的および動物実験的に示されてきたが、多くの研究は第一世代(F1)までの解析にとどまっていた。本研究は、母性行動(maternal care behavior; MCB)という環境要因を介して、MIAの影響が第二世代(F2)にまで伝達され得ることを示した点に重要な意義がある。

妊娠12.5日目(E12.5)にpoly(I:C)を投与した母体(P0)では、産後のlicking/grooming(LG)行動が有意に低下し、巣作り行動が増加した。これは母性行動の単純な低下ではなく、行動プロファイルの再編成を意味している。LGは仔への主要な触覚刺激源であり、HPA軸の発達やグルココルチコイド受容体発現の制御を通じて、子のストレス応答性を長期的に再プログラムすることが知られている。そのため、LG低下はエピジェネティックな分子変化を誘導する可能性が高い。

実際にF1世代では、海馬におけるミネラルコルチコイド受容体(MCR)およびグルココルチコイド受容体(GCR)のmRNA発現が有意に上昇しており、これらの発現量はP0母体のLG行動と強く相関していた。この結果は、母性行動がストレス関連受容体系を通じて子の神経内分泌系を再構築しうることを示唆する。さらに興味深いことに、F1雌が母親になった際の母性行動も祖父母世代のMIA歴に依存して変化しており、母系と父系の交互作用が認められた。これは、単純な母系伝達ではなく、両系統の影響が組み合わさって次世代の行動が形成されることを示している。

F2世代では、強制水泳試験におけるimmobility増加およびショ糖嗜好低下が観察され、抑うつ様行動の増強が確認された。これらの変化は運動機能や一般活動性の低下によるものではなく、情動特異的な表現型と解釈される。また、F1母体の授乳行動およびLG行動とF2世代の抑うつ様指標との間に有意な相関が認められたことから、母性行動が世代間で行動表現型を媒介する可能性が強く示唆される。

分子レベルでは、F2世代ではMCRのみが特定の系統組み合わせで上昇し、GCRの変化は消失していた一方、オキシトシン受容体(OXTR)およびGタンパク質共役型エストロゲン受容体(GPER)に新たな発現変化が認められた。これは、世代間で単に同じ分子変化が維持されるのではなく、転写プロファイルが修飾されながら継承されることを示している。著者らはこれを「transmission and modification(伝達と修飾)」という概念で説明している。

本研究では父系の寄与も明確に示された。これは、精子由来のエピジェネティック修飾(RNAやDNAメチル化変化)による直接的伝達、あるいは仔の行動変化を介した母性行動への二次的影響という複数の可能性を示唆している。この点は、母性行動が単なる環境要因ではなく、遺伝的・エピジェネティック情報と環境が交差する動的調節点であることを強調する重要な知見である。

一方で、本研究にはいくつかの制限がある。リッター数が比較的少ないこと、クロスファスター実験や体外受精実験を実施していないため出生前・出生後要因の厳密な分離ができていないこと、さらに雌個体のみを解析していることが挙げられる。今後はこれらの手法を用いた検証が必要である。

本研究は、妊娠期免疫活性化が母性行動を介してエピジェネティックに子孫の脳機能と情動行動を再構築し、その影響が世代を超えて持続しうることを示した。母性行動は「nature(遺伝)」と「nurture(環境)」をつなぐインターフェースであり、精神疾患リスクの世代間伝達を理解するうえで中心的な役割を果たす可能性があることを本研究は示唆している。

Surreal digital art portraying female face blending with green forest forms symbolizing mother nature connection between humanity and earth environmental awareness and organic harmony.

2026年02月26日掲載

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