細胞は何を捨て、何を残すのか――オートファジー研究の歩み
2016年10月3日、その年のノーベル生理学・医学賞が大隅良典博士に授与されることが発表されました。受賞理由は「オートファジーの機構の発見」です。オートファジーは、細胞が自らの構成成分を分解し、その産物を再利用する仕組みであり、細胞内の恒常性を維持するうえで重要な役割を果たしています。
「autophagy」という言葉は、ギリシャ語で「自己」を意味する auto と、「食べる」を意味する phagein に由来し、日本語では「自食作用」と訳されます。細胞質中のタンパク質や細胞小器官などは膜によって包み込まれ、オートファゴソームと呼ばれる構造を形成します。その後、オートファゴソームはリソソームと融合し、内部に取り込まれた成分が分解されます。生じたアミノ酸などは、新たなタンパク質の合成などに再利用されます。
オートファジーそのものは、大隅博士の研究以前から知られていました。1950年代にリソソームが発見され、その後、細胞質の一部が膜構造に取り込まれ、分解される現象が電子顕微鏡によって観察されるようになりました。1960年代には「autophagy」という名称も提唱されています。しかし当時は、この現象がどのような遺伝子やタンパク質によって制御されているのかについて、ほとんど分かっていませんでした。形態学的な観察は可能であっても、その分子機構を解析する方法が十分に整っていなかったためです。この問題に対して、大隅博士は出芽酵母を用いた研究を進めました。酵母は単細胞生物ですが、ヒトと同じ真核生物であり、遺伝学的解析が容易であることから、細胞内の基本的な生命現象を調べるための重要なモデル生物です。
酵母では、動物細胞のリソソームに相当する液胞が細胞内成分の分解を担っています。しかし、液胞に取り込まれた物質は速やかに分解されるため、通常の条件ではその過程を直接観察することが困難でした。そこで大隅博士らは、液胞内のタンパク質分解酵素が働かない酵母を利用しました。分解機能を抑えることで、本来であれば速やかに消失する構造を液胞内に蓄積させ、観察できるようにするという方法です。この酵母を窒素飢餓条件に置くと、液胞の内部に多数の小胞状構造が蓄積しました。これは細胞質成分が液胞へ運ばれていることを示すものであり、1992年、大隅博士らは酵母におけるオートファジーの存在を明確に示しました。
その後、大隅博士らはオートファジーを起こすことのできない酵母の突然変異株を解析し、1993年にはオートファジーに必要な複数の遺伝子を同定しました。これらの遺伝子は、後にATG(autophagy-related)遺伝子と呼ばれるようになります。この発見は、オートファジー研究の大きな転換点となりました。それまで主として形態学的に観察されていた現象を、遺伝子やタンパク質の機能として解析できるようになったためです。その後、多くのAtgタンパク質の機能が明らかにされ、オートファゴソームの形成からリソソームとの融合に至るまでの分子機構が次第に解明されていきました。さらに、酵母で明らかになった機構の多くが、ヒトを含む哺乳類にも保存されていることが分かりました。オートファジーは、飢餓状態における栄養供給だけでなく、異常タンパク質の除去、損傷した細胞小器官の処理、感染防御、発生、分化など、多様な生命現象に関与しています。
近年では、神経変性疾患、がん、感染症、代謝疾患などとの関連についても研究が進められています。ただし、オートファジーの役割は疾患や病期によって異なります。例えばがんでは、正常細胞において細胞内の異常成分を除去することで腫瘍形成を抑える一方、成立した腫瘍では、がん細胞が低栄養や低酸素といった環境に適応するためにオートファジーを利用する場合があります。
大隅博士の研究は、当初から特定の疾患治療を目的として始められたものではありません。酵母の液胞で生じる現象を丁寧に観察し、その仕組みを明らかにしようとする基礎研究から出発しています。その成果は、その後、細胞生物学のみならず、神経科学、免疫学、がん研究、老化研究など、幅広い領域へと発展しました。2016年10月3日のノーベル生理学・医学賞の発表は、オートファジー研究の重要性が広く認識された大きな節目でした。同時に、基礎的な生命現象を詳細に解析する研究が、長い時間を経て医学や疾患研究へとつながることを示した例でもあります。
細胞は、自らの構成成分を合成するだけでなく、不要になったものを分解し、その一部を再利用しています。オートファジーは、こうした細胞内の物質循環を支える基本的な仕組みの一つであり、現在もその生理的・病理的意義について研究が続けられています。
https://www.jscb.gr.jp/jscb/contribution/jscb_contribution-6505/









