冷たさの向こうに

冷やした身体が開いた、心臓への道――1952年9月2日の開心術

1952年9月2日、米国ミネソタ大学で、心臓外科の歴史を変える手術が行われました。F. John Lewis(F・ジョン・ルイス)らのチームが、5歳の女児の心房中隔欠損を、心臓の内部を直接見ながら閉鎖したのです。この手術では人工心肺を使っていません。成功を支えたのは、身体を冷やす**「低体温法」**と、心臓へ戻る血液を一時的に遮断する工夫でした。

心房中隔欠損とは、左右の心房を隔てる壁に、生まれつき孔がある状態です。通常、左心房に戻った酸素の多い血液は、左心室を経て全身へ送り出されます。しかし孔があると、その一部が右心房へ流れ込み、右心室から肺へ再び送られます。この余分な血流によって、右心系と肺循環に負担がかかります。欠損を閉鎖する治療の目的は、異常な交通路をなくし、血液の流れを整えることです。(www.heart.org)

解剖学的な異常が分かっていても、それを生きている患者で修復することは容易ではありませんでした。心臓内部には絶えず血液が流れ、心房を開いても病変が血液に隠れてしまいます。よく見えるように血流を止めれば、今度は脳や全身への酸素供給が途絶えます。「内部を見たい」という外科的な要求と、「血液を流し続けたい」という生理的な要求が、正面から衝突していました。この難題に対して、低体温法は発想を転換しました。酸素の供給を機械で代行するのではなく、身体が必要とする酸素の量を減らしたのです。体温を下げると組織の代謝が低下し、血流の遮断に耐えられる時間を延ばせます。ただし、酸素が不要になるわけではありません。得られたのは、心臓内部を修復するための、限られた数分間でした。

Lewisらは全身を冷却したうえで心臓への血液流入を遮断し、心房を開いて欠損孔を縫合しました。心臓内部の修復に用いられた時間は約5分半とされています。これは冷却や開胸、復温までを含む手術全体の時間ではありません。低体温で確保した短い時間を使い、目で確認しながら異常な構造を修復するという、綿密な準備を要する手術でした。(VHLab)

この成功は、「世界で初めての心臓手術」という意味ではありません。画期的だったのは、心臓内部の欠損を直視下に修復し、患者の生存を得たことです。翌1953年5月6日には、John H. Gibbon Jr.が人工心肺を用いた心房中隔欠損の閉鎖に成功しました。酸素需要を減らす低体温法と、血流・酸素化を代行する人工心肺は、異なる方法で開心術の可能性を広げました。

1952年9月2日の出来事は、解剖学で理解した構造を、生体で直接修復する道が開かれた瞬間として捉えられます。そこでは、形を知る解剖学と、生命の働きを理解する生理学、そして外科と麻酔の技術が結びついていました。心臓への道を開いたのは、大胆に切り込む勇気だけではなく、生命を守るために「時間をつくる」という科学的な工夫でした。

Lewis FJ, Taufic M. Closure of atrial septal defects with the aid of hypothermia; experimental accomplishments and the report of one successful case. Surgery. 1953;33(1):52–59. 実験的背景と、今回の成功例を報告した原著論文です。

Bigelow WG, Lindsay WK, Greenwood WF. Hypothermia; its possible role in cardiac surgery: an investigation of factors governing survival in dogs at low body temperatures. Annals of Surgery. 1950;132(5):849–866. 低体温の心臓外科への応用を検討した実験研究です。

Lewis FJ, Taufic M, Varco RL, Niazi S. The surgical anatomy of atrial septal defects: experiences with repair under direct vision. Annals of Surgery. 1955;142(3):401–415. 心房中隔欠損の外科解剖と直視下修復を扱った、解剖学的観点からも重要な原著論文です。

本日も、天気が不安定な状態が続いています。臨床実習、就職活動、某実習などと並行して研究を進めています。若い人の頑張りを論文としてまとめ、実りある秋としたいものです。

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