精神疾患の病因論的分類と脳神経内科学への接近

精神疾患は、将来「脳神経内科の病気」になるのか

精神科と脳神経内科は、いずれも脳の働きに関わる診療科です。ただし、現在の診断の組み立て方には大きな違いがあります。精神科では、幻覚、妄想、抑うつ、不安、社会性の障害などの症状とその経過をもとに、DSMやICDなどの診断基準によって疾患を分類します。一方、脳神経内科では、症状から障害された部位や神経回路を推定し、MRI、脳波、血液・髄液検査、遺伝学的検査などを用いて病因や病態を特定することが重視されます。

では、統合失調症、ASD(自閉スペクトラム症)、うつ病が、より「脳神経内科的な疾患」として捉えられるためには何が必要でしょうか。重要なのは、単に「患者群では脳画像や遺伝子発現に違いがある」と示すことではありません。病因、分子・細胞レベルの異常、障害される神経回路、患者で測定できるバイオマーカー、そして病態に対応した治療を、一つの因果の鎖として結びつける必要があります。米国国立精神衛生研究所(NIMH)のRDoCも、従来の診断カテゴリーだけに依存せず、遺伝子、分子、細胞、神経回路、生理、行動など複数の階層を横断して精神疾患を理解する研究枠組みを提示しています。(国立精神衛生研究所)

統合失調症では、線条体のドーパミン機能、グルタミン酸・GABA系、シナプス形成や刈り込み、神経発達などの異常が研究されています。ゲノム研究でも多数の一般的な遺伝的変異と希少変異が同定され、シナプス機能などの神経生物学的経路との関連が明らかになってきました。(Nature) しかし現時点では、「この患者はドーパミン異常型」「この患者は免疫介在型」と日常診療で確定できる段階にはありません。将来、PET、脳波、血液・髄液、ゲノム情報などから病態を個人レベルで分類し、その分類に応じて治療を選べれば、現在の「統合失調症」が複数の生物学的疾患へ再編される可能性があります。

ASDでは、この考え方がさらに発達神経科学と深く結びつきます。ASDは一つの原因で生じる疾患ではなく、遺伝学的にも分子的にも高い異質性をもちます。今後重要なのは、遺伝因子や胎生期の環境因子が、どの発達時期に、どの細胞種や分子経路へ作用し、神経回路形成を変化させ、最終的な行動特性へつながるのかを明らかにすることです。すなわち「遺伝子・環境因子→分子→細胞→発達過程→神経回路→行動」というdevelopmental causal chain(発達上の因果連鎖)の解明です。近年のprecision medicine研究でも、ASD全体を一括して扱うのではなく、生物学的に裏付けられたサブタイプを明らかにし、治療標的や治療反応と結びつける方向が重視されています。(PubMed)

うつ病は、さらに異質性の大きい症候群です。同じ「抑うつ」という表現型でも、ストレス応答、報酬系の神経回路、免疫・炎症、内分泌、身体疾患など、異なる病態が関与している可能性があります。脳画像、血液、ゲノム、遺伝子発現、タンパク質などを統合した研究が進んでいますが、現時点で大うつ病性障害を個人レベルで確定診断できる生物学的マーカーは確立していません。

したがって、将来、精神科という診療科そのものが脳神経内科に吸収される、と考えるのは適切ではありません。むしろ、現在「統合失調症」「ASD」「うつ病」と呼ばれている大きな症候群から、病因と病態が明確なサブタイプが切り出され、独立した神経生物学的疾患として再分類されていく可能性があります。精神医学と神経科学が目指しているのは、症状に名前を付けるだけでなく、症状から神経回路、細胞、分子、病因へと遡り、その患者に最も適した治療を選択する医学です。これは現在、「precision psychiatry(精密精神医学)」として国際的に進められている重要な方向性でもあります。(Nature)

参考文献

  1. Kas MJH, Penninx BWJH, Knudsen GM, et al. Precision psychiatry roadmap: towards a biology-informed framework for mental disorders. Molecular Psychiatry. 2025;30:3846–3855. doi:10.1038/s41380-025-03070-5.
    精神疾患を症状だけでなく、生物学的情報・行動指標・バイオマーカーによって再分類する「precision psychiatry」の方向性を示した重要な論文です。今回の記事全体の背景文献として最も適しています。 (Nature)
  2. Sullivan PF, Yao S, Hjerling-Leffler J. Schizophrenia genomics: genetic complexity and functional insights. Nature Reviews Neuroscience. 2024;25:611–624.
    統合失調症について、約300のcommon variantsや20を超えるrare variantsを含む遺伝学的知見を整理し、それらを細胞・シナプス・神経回路の病態へ結びつけようとする総説です。「統合失調症という一つの診断名の内部に複数の生物学的病態が存在する」という議論の根拠になります。 (Nature)
  3. Khatami SH, Anoosheh S, Khodaparast M, et al. Multi-omics biomarkers in psychiatric disorders diagnosis and stratification. Clinica Chimica Acta. 2026;585:120887. doi:10.1016/j.cca.2026.120887.
    ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどを統合し、統合失調症、うつ病、ASDなどを客観的バイオマーカーで層別化する可能性と、その臨床応用上の課題を整理した最新の総説です。 (PubMed)

本日は、学生と論文作成とデータ取得状況について議論をしました。臨床実習や卒業試験など目白押しですが、秋学期がスタートする前に前進したいものです。

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