鼓動を止め命を救う―開心術のはじまり

1953年5月6日、アメリカの外科医 John Heysham Gibbon Jr. は、人工心肺装置(heart-lung machine)を用いた世界初の成功例となる開心術を行いました。この出来事は、現代心臓外科の歴史を大きく変えた画期的な出来事として知られています。

20世紀前半まで、心臓は「外科医が手を出せない臓器」と考えられていました。その最大の理由は、心臓内部を手術するためには、一時的に心臓を止めなければならない一方で、脳や全身への血流を維持し続ける必要があったからです。心臓が停止すると数分で脳障害や死亡につながるため、当時の外科医が行える手術は、心臓表面や周囲の大血管に限られていました。心臓内部を直接修復することは極めて困難でした。

この問題を解決するために開発されたのが人工心肺装置です。人工心肺装置は、心臓のポンプ機能と肺のガス交換機能を一時的に機械で代行する装置です。患者の静脈血を体外へ取り出し、人工肺で酸素を加えて二酸化炭素を除去した後、ポンプによって再び体内へ戻します。これにより、心臓を停止した状態でも全身の血液循環を維持できるようになりました。

ギボンが人工心肺装置の開発を志したきっかけは、1930年代に経験した肺塞栓症患者の治療でした。当時、肺動脈の血栓を取り除くには、一時的に心肺機能を代行する方法が必要でしたが、その手段はまだ存在していませんでした。患者を救えなかった経験から、ギボンは「心臓と肺の働きを代行する装置」の必要性を痛感し、長年にわたる研究を開始しました。彼は動物実験を繰り返しながら装置を改良し、IBM社の技術者とも協力して人工心肺装置の開発を進めました。

そして1953年5月6日、18歳女性患者の心房中隔欠損症(ASD)に対して、人工心肺装置を用いた開心術を実施しました。心房中隔欠損症は、左右の心房を隔てる壁に穴が開いている先天性心疾患です。根治には心臓を開いて欠損部を直接閉鎖する必要があります。

手術では、人工心肺によって全身循環を維持しながら心臓を停止し、右心房を切開して欠損孔を縫合閉鎖しました。患者は無事回復し、この手術は「人工心肺を用いた世界初の成功した開心術」として医学史に刻まれました。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jocs.17067?utm_medium=article&utm_source=researchgate.net

この成功によって、それまで不可能だった「心臓を開いて内部を修復する手術」が現実のものとなりました。その後、人工心肺技術を基盤として、弁膜症手術、冠動脈バイパス術、大動脈手術、複雑先天性心疾患手術、さらには心臓移植へと発展していきます。現在の心臓外科医療の多くは、人工心肺技術なしには成立しません。

一方で、初期の人工心肺装置には多くの課題もありました。血液凝固、溶血、空気塞栓、炎症反応、出血、感染などの合併症が頻発し、1950年代当時の開心術死亡率は現在よりはるかに高いものでした。その後、膜型人工肺、抗凝固法、低体温法、心筋保護液、回路コーティング技術などの改良によって、安全性は大きく向上しました。

1953年5月6日のギボンによる成功は、単なる医療機器の開発ではありませんでした。これは、生理学、工学、外科学、麻酔学、循環器学が融合して生まれた、近代高度医療の象徴的出来事でした。また、この技術は現在のECMOや補助循環、集中治療医学の発展にもつながっています。人工心肺装置の開発によって、「心臓を止めても患者を生かし続ける」ことが可能となり、現代心臓外科の時代が本格的に始まりました。

講義や実習の準備の合間を縫って、研究の打ち合わせを行いました。スタッフが研究室に不在の際にもペースを落とさずに研究活動を実施できるように努力を怠らないようにしたいです。

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