Science 16 Apr 2026 Vol 392, Issue 6795
An opposing molecular gradient axis underlies primate cortical organization (霊長類大脳皮質の組織化は対向する分子勾配軸によって規定される)
Zhi Huang, Qianqian Yang, Shenglong Li, Xiaojia Zhu, He Wang, Jixuan Lin, Yafeng Zhan, Yan Wu, Zefang Wang, Piotr Majka, Haichao Qu, Nafiseh Atapour, Tao Yang, Youning Lin, Luman Cui, Yong-Gang Yao, Zhifeng Liang, Zhen Liu, Chao Li, Wu Wei, Yi Zhou, Shaojie Ma, Zhiming Shen, Xiaoyu Wei, Xun Xu, Shiping Liu, Chengyu Li, Muming Poo, Longqi Liu, Marcello G. P. Rosa, Yidi Sun, Shijie Hao, Cirong Liu
中国科学院 神経科学研究所/遺伝進化・動物モデル国家重点実験室/脳科学・知能技術卓越イノベーションセンター(中国・上海)
中国科学院 神経科学研究所(Institute of Neuroscience, CAS / ION)は、上海市に拠点を置く中国最高峰の脳科学研究機関です。現在は「中国科学院 脳科学・知能技術卓越創新センター(Center for Excellence in Brain Science and Intelligence Technology / CEBSIT)」の中核を担っています。
設立: 1999年11月27日。初代所長は、国際的に著名な神経生物学者のムー・ミン・プー(蒲慕明)氏が務めました。
Abstract
The principles organizing cellular diversity and connectivity in primate brains remain elusive. By integrating spatial transcriptomics, magnetic resonance imaging, and retrograde labeling in marmosets, we identified two opposing molecular gradients that undergo postnatal refinement, emanating from allocortices and primary sensory cortices, respectively. These gradients reconcile conflicting hypotheses on cortical expansion and characterize distinct cortical areas. Cortical gradients align with thalamic gene expression and thalamocortical projection patterns. At gradient intersections, the default mode network and frontal pole exhibited similar molecular features in humans and marmosets, despite species-specific differences in functional connectivity. Comparative analysis of gradient-related genes showed that marmoset and human auditory cortices are highly similar but differ from those of macaques, potentially reflecting complex vocalization. Together, these opposing gradients represent a fundamental organizing principle of the primate cortex.
霊長類の脳において、細胞多様性や神経接続を組織化する原理は依然として明らかではない。本研究では、マーモセットを対象に空間トランスクリプトミクス、磁気共鳴画像法(MRI)、および逆行性標識を統合することで、allocortex(古皮質)および一次感覚皮質からそれぞれ発する、出生後に洗練される2つの対向する分子勾配を同定した。これらの勾配は、大脳皮質の拡張に関する相反する仮説を統合し、異なる皮質領域の特徴づけを可能にするものである。また、皮質における勾配は、視床の遺伝子発現や視床皮質投射パターンとも一致していた。勾配の交差領域では、デフォルトモードネットワーク(DMN)と前頭極が、機能的結合性には種特異的な違いがあるにもかかわらず、ヒトとマーモセットの間で類似した分子特性を示した。さらに、勾配関連遺伝子の比較解析から、マーモセットとヒトの聴覚皮質はマカクよりも高い類似性を示し、これは複雑な発声コミュニケーションを反映している可能性が示唆された。これらの結果は、対向する分子勾配が霊長類大脳皮質の基本的な組織化原理であることを示している。

Results
本研究では、マーモセット脳の単一細胞空間トランスクリプトミクスとMRI・神経トレーシングを統合し、霊長類大脳皮質の基本構造原理を解析した。その結果、皮質は「allocortex/周辺allocortex(Al)」と「一次感覚野(Pr)」という2つの起点から放射する**対向する分子勾配軸(Pr-Al軸)**によって組織化されていることが明らかになった。これら2つの勾配は細胞組成や遺伝子発現において強い負の相関(r = −0.84)を示し、主成分解析でも第1主成分(約40.6%の分散)と一致する主要な構造軸であった。皮質の連合野はこの2つの勾配の中間に位置し、両者の性質を併せ持つことが示された。
遺伝子レベルでは、Prに関連する遺伝子が6980個、Alに関連する遺伝子が8437個同定され、それぞれ感覚処理(MAPK経路など)と情報統合(リガンド受容体相互作用など)に対応する機能的特徴を持っていた。また、この勾配構造はヒト・マカク・マウスでも保存されており、進化的に普遍的な原理であることが示唆された。
発達解析では、この勾配は出生時から存在するものの、感覚経験に伴い顕著に強化され、遺伝子発現の分離度(PADスコア)は0.25から1.4へと増加した。さらに、細胞組成や遺伝子発現の急激な変化(ROC)は皮質領域境界と一致し、従来の解剖学的区分に加え、新たな領域の存在も示唆された。この皮質勾配は視床にも反映されており、視床遺伝子発現と強い対応関係(r = −0.96)を示し、皮質-視床間の接続パターンとも一致した。特にマーモセットではマウスよりもこの結合が強く、霊長類特有の統合機構が示された。
機能的には、デフォルトモードネットワーク(DMN)は勾配の交差点に位置し、前頭極と類似した分子特徴を持つことが明らかとなった。また種間比較では、マーモセットの聴覚皮質がヒトにより近い遺伝子発現パターンを示し、複雑な音声コミュニケーションに関わる共通基盤の存在が示唆された。以上より、本研究は大脳皮質の構造・機能・進化を統一的に説明する「対向分子勾配軸」という新たな原理を提示した。

Discussion
本研究の議論では、霊長類大脳皮質の組織化を説明する新たな統一原理として「対向分子勾配モデル(Pr-Al軸)」の意義が強調されている。このモデルは、従来対立していた2つの仮説、すなわちallocortex起源説と一次感覚野起源説を統合するものであり、両者は互いに排他的ではなく、単一の軸の両端として機能することが示された。これにより、皮質拡張や階層構造の形成は、一方向的ではなく、両極からの影響を受ける連続的な過程として理解される。
また、この勾配軸は単なる遺伝子発現の変化ではなく、細胞タイプ構成、皮質層構造、さらには機能ネットワークにまで対応しており、分子からシステムレベルまで一貫した組織原理である点が重要である。特に連合野は勾配の交差領域として位置づけられ、高次認知機能の多様性を生み出す基盤であると考えられる。この視点は、従来の「感覚―連合」モデルをさらに精緻化し、連合野内部の異質性や機能的多様性の理解に貢献する。
さらに、皮質境界の形成に関しても、本研究は新たな洞察を提供している。多くの領域境界は多数の細胞型や遺伝子の急激な変化によって定義される一方、一部の境界は特定の細胞タイプや遺伝子の局所的変化によって形成されることが示された。これは、皮質領域の進化的成熟度や機能分化の段階を反映している可能性があり、脳領域の進化過程の理解にも寄与する。
加えて、皮質の分子勾配が視床にも対応している点は、皮質-視床系が共通の分子原理に基づいて組織化されていることを示している。特に霊長類ではこの結合が強く、発生過程における視床入力の早期到達や長期的相互作用が、皮質の高度な分化を促進した可能性が指摘されている。このことは、霊長類特異的な高次機能の進化基盤を理解する上で重要である。
機能的ネットワークの観点では、DMNが勾配交差点に位置し、分子的に高い複雑性を持つことが示された。さらに、マーモセットでは機能的結合が弱い前頭極がDMNと類似した分子特性を持つことから、分子基盤が先に形成され、その後進化的にネットワーク接続が強化された可能性が示唆される。この結果は、ヒトにおける前頭極の発達と高度認知機能の進化を説明する手がかりとなる。
一方で、本研究にはいくつかの限界もある。胎生期のデータが欠如しているため勾配形成の初期機構は不明であり、サンプル数の制約から個体差や性差の検討も行われていない。また、提案された境界の機能的妥当性や、単一細胞レベルでの接続性の直接的検証も今後の課題である。本研究は分子勾配という視点から大脳皮質の構造・機能・進化を統合的に理解する枠組みを提示し、神経科学における基本概念を大きく前進させるものである。
