
「研究室における感情知能〔Emotional Intelligence: EI/EQ〕の手引き」
研究室という場所は、論理とデータによって動く世界のように見えます。仮説を立て、実験し、結果を解析し、論文にまとめる。そこでは感情よりも合理性が優先される、と考えられがちです。しかし実際の研究現場は、指導教員と学生、研究者同士、共同研究者、技術職員など、多くの人間関係の上に成り立っています。Natureが2026年9月に掲載した「A guide to emotional intelligence in the lab」は、研究室で求められる「感情知能(emotional intelligence)」について考える記事です。
感情知能とは、単に「人当たりがよい」「空気が読める」といった性質ではありません。自分が何を感じているのかを認識し、その感情が生じた理由を理解し、衝動的に反応するのではなく適切な行動を選択する力です。同時に、相手の感情や立場を推測し、それをコミュニケーションに生かす力も含まれます。
研究室では、この能力が意外なほど重要になります。例えば、学生が実験に失敗したとします。指導する側が「なぜこんな簡単なことができないのか」と怒りをそのまま表せば、本人の能力を否定するメッセージとして受け取られる可能性があります。一方で、「どこで問題が起きたのか」「手順に曖昧な部分はなかったか」と原因を分解して考えれば、同じ失敗を研究上の改善材料に変えることができます。
ここで重要なのは、感情知能とは感情を抑え込むことではない、という点です。怒り、不安、失望、焦りといった感情自体が問題なのではありません。そうした感情に気づき、その意味を考え、行動を調整することが重要です。これは心理学でいう「感情調節」に近い考え方です。
Natureの記事では、指導教員と学生の間に存在する権力差についても示唆的な事例が紹介されています。研究室では、研究テーマ、論文の著者順、推薦状、学位取得、将来の就職など、多くの重要事項に指導者が関与します。そのため、指導教員の何気ない一言が、学生にとっては大きな意味を持つことがあります。上の立場にいる人ほど、自分の感情や言葉が周囲に及ぼす影響を意識する必要があります。
もっとも、感情知能という概念そのものには議論もあります。心理学では、感情を処理する能力として捉える立場、自分の感情的特性についての自己評価として捉える立場、共感性や社会性、自己統制などを広く含める立場など、複数の定義があります。そのため、「感情知能が高ければ必ず成功する」と単純に考えることはできません。また、研究室では協調性が高ければよいというわけでもありません。科学には、他人の意見に疑問を呈し、データを批判的に検討し、ときには指導教員の考えにも反対する姿勢が必要です。人間関係を壊さないことだけを優先すれば、かえって健全な議論が失われる可能性があります。
そこで重要になるのが、感情知能と「心理的安全性」を区別して考えることです。感情知能は個人が自分や他者の感情をどう扱うかという能力ですが、心理的安全性は、その集団の中で「分かりません」「失敗しました」「その解釈には反対です」と発言しても不利益を受けないと感じられる環境を指します。優れた研究室には、この両方が必要です。研究者は、実験技術や論文執筆能力だけで仕事をしているわけではなく、期待、失望、競争、不安、達成感など、多くの感情とともに研究を続けています。大切なのは、それらの感情を排除することではなく、科学的判断や人間関係を不必要に歪めないよう扱うことです。
「データは厳しく批判するが、人を否定しない」「共感しても、科学的基準は下げない」「異論を歓迎するが、相手を攻撃しない」姿勢が、研究室における感情知能の実践と言えるのかもしれません。研究の質を高めるのは、優れた装置や技術だけではなく、人が安心して考え、失敗し、議論できる環境をつくることもまた、科学を支える重要な基盤です。
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02342-6


