細胞核に耳を澄ませば―分子生物学の夜明け前

見えない文字を、一つずつ―核酸の化学を拓いた人

1853年9月16日、ドイツ北部のロストックに、のちに細胞核の化学研究を大きく前進させる生化学者 Albrecht Kossel(アルブレヒト・コッセル) が生まれました。彼の研究は、顕微鏡で「形」を観察していた細胞研究に、「何でできているのか」という化学的な視点を持ち込んだ点で重要です。(ノーベル賞)

コッセルが研究を始めた頃、細胞核にはすでに注目すべき物質が知られていました。1860年代、Friedrich Miescherは細胞核からリンを多く含む物質を取り出し、「ヌクレイン」と名付けていました。コッセルはこの研究をさらに進め、ヌクレイン、すなわち後に核酸と呼ばれる物質を分解し、その構成成分を調べていきました。彼の研究室では、核酸からアデニン、グアニン、チミン、シトシンといった窒素を含む塩基が得られることが明らかにされました。特にアデニンの単離や、Albert Neumannとのチミン、シトシンの研究は、現在「核酸塩基」と呼ばれる分子群の理解を形づくる重要な仕事となりました。

今日では、アデニン、グアニン、シトシン、チミンはDNAを構成する塩基として誰もが知る存在です。しかし当時は、DNAが遺伝情報を担うことも、二重らせん構造を持つことも分かっていませんでした。コッセルの功績は「遺伝子を発見した」ことではなく、後に遺伝情報の文字となる分子を、一つひとつ化学的に切り分けて理解するための基礎を築いたことにあります。(PubMed)

彼の研究対象は核酸のみならず、核に含まれる塩基性タンパク質やプロタミン、アミノ酸の研究にも取り組み、1896年にはヒスチジンを見いだしました。こうしたタンパク質と核内物質の研究によって、細胞核を単なる形態学的構造ではなく、特徴的な化学組成をもつ細胞内器官として捉える道が開かれていきました。

1910年、コッセルは「タンパク質および核物質に関する研究を通じて、細胞化学の知識に貢献した」ことにより、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そのノーベル講演の題名は、まさに “The Chemical Composition of the Cell Nucleus”――「細胞核の化学組成」でした。彼はそこで、解剖学が生命体の構造を明らかにするように、化学もまた細胞の構造を明らかにし、その先に機能の理解があると論じています。顕微鏡の中に見える「核」を、分子へと分解して考える。9月16日に生まれたコッセルの仕事は、形態学から生化学へ、そして後の分子生物学へと続く大きな橋の一つとなりました。

雨が多い日が続いています。大学院生ふたりが、フリーザー内の整理を手伝ってくれました。ありがとうございます!

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