結晶の中から生命のかたちを読む――1955年8月20日、ビタミンB12の構造が姿を現した日
1955年8月20日、英国の科学雑誌『Nature』に、生命科学の歴史に残る重要な論文が掲載されました。英国の化学者ドロシー・クローフット・ホジキン(Dorothy Crowfoot Hodgkin)と共同研究者たちが、ビタミンB12の複雑な分子構造を明らかにした研究です。
ビタミンB12は、赤血球の形成や神経系の働き、DNAの合成などに欠かせない重要なビタミンです。一方で、その分子構造は非常に複雑で、現在でも「最も複雑な構造をもつビタミン」とされています。分子の中心には金属元素であるコバルトがあり、その周囲を「コリン環」と呼ばれる大きな環状構造が取り囲んでいます。さらに、いくつもの側鎖やヌクレオチド部分が組み合わさっており、当時の化学的な方法だけで全体の構造を明らかにすることは極めて困難でした。
この難題に挑んだのが、X線結晶構造解析の第一人者であったホジキンです。結晶にX線を当てると、結晶内部の原子の並び方を反映した回折像が得られます。しかし、その写真に分子の形がそのまま写っているわけではありません。多くの回折データを数学的に解析し、電子がどこに分布しているかを三次元的に再現したうえで、一つひとつの原子の位置を推定していく必要があります。現在であればコンピューターで行えるこうした計算も、1950年代には非常に大変な作業でした。しかも、ビタミンB12ほど大きく複雑な分子を解析することは、当時としては前例のない挑戦でした。
ホジキンらは、米国の結晶学者Kenneth Truebloodらとも協力し、当時最先端だった電子計算機を使いながら解析を進めました。実験化学、数学、結晶学、そして発展し始めたばかりのコンピューター技術が一つになって進められた研究だったのです。そして1955年8月20日、ビタミンB12の主要な分子構造を示す決定的な成果が『Nature』に発表されました。その後も解析は続けられ、1956年にはさらに詳しい構造が報告されています。
ホジキンは、ビタミンB12だけでなく、ペニシリンやインスリンなど、生命や医療に深く関わる重要な分子の構造解析にも取り組みました。こうした功績により、1964年には「重要な生化学物質の構造をX線技術によって決定した功績」でノーベル化学賞を単独受賞しています。目には見えない分子にX線を当て、そこから生じる無数の点を読み解き、生命を支える分子の形を描き出す―。1955年8月20日は、結晶の中に隠れていたビタミンB12の姿が、人類の前に鮮やかに現れた日でした。それは、現在の構造生物学へと続く新しい時代の幕開けでもありました。


