1858年8月11日、オランダのナイケルクで、後に栄養学の歴史を大きく変える医学者クリスティアーン・エイクマンが誕生しました。エイクマンは、脚気と食事の関係を実験的に明らかにし、ビタミンという概念の成立につながる重要な発見をした人物です。
19世紀後半、脚気はアジアを中心に多くの人々を苦しめていました。当時は細菌学が急速に発展しており、脚気も感染症の一種ではないかと考えられていました。エイクマンもオランダ領東インド、現在のインドネシアで脚気の原因を研究していましたが、その過程で思いがけない現象に気付きました。
研究施設で飼育されていたニワトリに、歩行障害や麻痺など、人の脚気に似た神経症状が現れたのです。調べてみると、ニワトリには精白米が与えられていました。その後、餌が精白米から別の米に変わると症状は改善しました。さらに研究を進めると、精米時に取り除かれる米ぬかなどを加えることで、脚気様の症状を防げることが分かりました。
現在では、この原因がビタミンB₁、すなわちチアミンの不足であることが分かっています。チアミンは糖質からエネルギーを生み出す代謝に不可欠で、不足すると末梢神経や心臓などに障害が起こります。精白米では、チアミンを多く含む米の外層や胚芽が取り除かれるため、白米中心の食生活では欠乏症が起こりやすかったのです。
ただし、エイクマン自身が最初から「ビタミン欠乏症」という考えに到達していたわけではありません。当初は、精白米に有害物質があり、米ぬかにそれを打ち消す成分が存在する可能性も考えていました。その後、後継者のヘリット・グラインスらによって「食物中の必須成分が不足することで病気になる」という考えが発展し、ビタミン研究へとつながっていきました。
エイクマンは1929年、「抗神経炎性ビタミンの発見」に対してノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼の功績は、ビタミンB₁そのものを単離したことではなく、「病気は病原体だけでなく、特定の栄養素の欠乏によっても起こる」という新しい医学の考え方への扉を開いた点にあります。
8月11日は、精白米を食べたニワトリの異変から、現代栄養学の基礎へとつながる発見を導いたエイクマンの誕生日です。



エイクマン以前に、日本では高木兼寛(写真右端)が脚気と食事の関係に気付いていました。高木は日本海軍で脚気が大量に発生していたことから食事内容に注目し、1880年代に白米中心の食事を、麦、肉、牛乳、パンなどを含む食事へ変更すると脚気が大幅に減少することを示しました。ただし高木は、ビタミンという概念を知らなかったため、その効果を主としてタンパク質の量や栄養バランスで説明していたとされます。