利根川進先生の訃報に接して

利根川進先生の訃報に接し、深い悲しみとともに、科学の世界がかけがえのない巨人を失ったことを痛感しています。先生は7月11日、86歳で逝去されました。長年にわたりマサチューセッツ工科大学を拠点に研究を続け、生命の根源にかかわる問いに挑み続けられたその歩みは、世界の科学史に永く刻まれるものです。

先生の名を広く知らしめたのは、抗体の多様性が生み出される遺伝学的原理の解明でした。限られた遺伝情報から、なぜ私たちの身体は無数ともいえる抗体をつくり出せるのか。その長年の謎に、遺伝子の組み換えという明快かつ革新的な答えを示し、免疫学と分子生物学の景色を一変させました。この業績により、1987年、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞されました。

先生の真価は、一つの偉業にとどまらなかったことにあります。世界的な栄誉を得た後も既成の成果に安住せず、研究の軸足を脳科学へと移されました。そして、記憶が脳内にどのような痕跡として蓄えられ、呼び起こされるのかという難問に挑み、「記憶痕跡(エングラム)」を担う神経細胞群の研究を大きく前進させました。免疫から記憶へ――異なる分野を大胆に横断しながら、本質的な問いを追い続けた姿勢は、研究とは何かを私たちに静かに、しかし力強く教えています。

また先生は、自ら研究成果を生み出すだけでなく、研究の場を築き、人を育てることにも大きな足跡を残されました。MITの学習・記憶研究拠点の創設を担い、理化学研究所の脳科学研究も率いるなど、国境を越えて研究者が挑戦できる環境を整えられました。先生の薫陶を受けた多くの研究者が、いま世界各地で新たな科学を切り拓いています。今後も、先生が切り拓かれた道の上で、多くの研究者が新たな問いを立て、生命と心の謎に挑み続けることでしょう。その探究の一つひとつに、先生の知的な勇気と不屈の情熱は確かに受け継がれていきます。ここに、比類なきご功績に心からの敬意と感謝を捧げ、謹んで哀悼の意を表します。

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news/2026-07-16

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