白い春-Le printemps blanc

「白い春」という言葉がある。ある朝、窓の外に広がる景色を眺めながら、ふと思い浮かんだ言葉だ。春霞ではなく、雪でもなく、ただ空気そのものが白く濁っているように見える、あの短い季節のことを。

冬から春へと移ろう狭間には、不思議な白さがある。光は確かに強くなっているのに、どこか輪郭が曖昧で、世界全体が薄い乳白色のヴェールをまとっているような感覚。気温はまだ低く、息を吐けば白い霧になる。それでも土の匂いは確かに変わっていて、何かが地中で静かに動き始めているのを感じる。生命というものは、こういう曖昧な時間の中で育つのかもしれない。はっきりとした夏の光の下ではなく、白く霞んだ春の空気の中で、何かが密かに準備を整えていく。

顕微鏡を覗くとき、いつもそのことを思う。細胞の中で起きている変化は、多くの場合、ある閾値を超えるまで外からは見えない。変化はすでに始まっているのに、しばらくのあいだは何も起きていないように見える。白い春と同じだ。静かな表面の下で、世界はすでに動いている。花の蕾は、開花の一週間前には外見上ほとんど変わらない。しかし内部では、細胞分裂が加速し、色素が合成され、花びらの構造が形成されつつある。私たちが「春が来た」と感じる瞬間は、実はそのプロセスの終盤に過ぎない。本当の春は、白い空気の中に隠れていた。

研究とはそういうものだと、最近ようやく思えるようになった。結果が出ない時間は、無駄な時間ではない。白い春の中で、何かが静かに育っている時間なのだ。窓の外、モクレンの花が急に開き始めた。

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