下顎骨隆起(torus mandibularis)は、下顎骨体部舌側、特に小臼歯部付近に生じる限局性の骨性隆起であり、多くは両側対称性にみられる良性の外骨症です。通常は無症候性で治療を要しませんが、義歯装着や粘膜外傷の原因となることがあります。発生学的に下顎骨は第一咽頭弓由来で、神経堤細胞から分化した間葉が膜内骨化によって形成されます。この膜内骨化骨は皮質骨優位で、機械的刺激への応答性が高いという特性をもちます。骨形成の分子基盤には、BMP–Runx2–Osterix軸が存在し、BMPがRunx2を活性化して骨芽細胞分化を誘導します。FGFシグナルは前駆細胞の増殖と分化バランスを調整します。
下顎骨隆起(torus mandibularis)と食いしばりや歯ぎしり(ブラキシズム)との関連が示されています。ブラキシズムでは咬合力が持続的・反復的に増大し、咬合応力が下顎体皮質骨へ直接伝達されます。とくに小臼歯部舌側は応力集中部位であり、骨膜や皮質骨表層に機械刺激が加わります。この刺激はメカノトランスダクション機構を介してBMP発現やRunx2活性を局所的に上昇させ、骨芽細胞活性を亢進させます。その結果、緩徐な骨付加が生じ、外骨症として顕在化します。
下顎骨隆起は、発生期に確立された膜内骨化の分子プログラムが、成人後も咬合機能負荷に応答して再活性化された結果と理解できます。腫瘍性増殖ではなく、力学的適応に基づく制御された骨形成亢進です。顎顔面骨が神経堤由来で高い可塑性をもつこと、そしてブラキシズムがその可塑性を形態変化として可視化することを示す代表的現象と考えられます。


