自閉スペクトラム症(ASD)における感覚過敏は、音・光・触覚・匂いなどの感覚刺激に対して過度に強い反応を示す特性であり、日常生活や社会適応に大きな影響を及ぼします。例えば、通常は気にならない環境音を苦痛として感じたり、衣服の触感や照明の明るさに強い不快感を覚えたりすることがあります。近年の研究では、この感覚過敏は末梢感覚器の異常というよりも、中枢神経系における情報処理の特性に起因する可能性が高いと考えられています。特に、大脳皮質における興奮性と抑制性のバランスの偏り、すなわち神経回路の過剰な興奮状態や抑制機構の弱さが、感覚入力の「増幅」を引き起こすとされています。また、注意や予測に関わる脳ネットワークの機能変化により、感覚刺激を適切に取捨選択できず、刺激が持続的に意識へ上ることも指摘されています。感覚過敏はASDの中核症状の一部として位置づけられ、個々の特性理解や環境調整、支援方略を考える上で重要な視点となっています。
自閉症における感覚過敏を説明する情報処理特性の整理
はじめに
近年の臨床研究・神経科学研究・モデル動物研究から、自閉症スペクトラム障害(ASD)における感覚過敏は、単一の感覚異常ではなく、脳の情報処理全体にわたる特性として理解されつつあります。本資料では、最新研究で報告されている所見を踏まえ、自閉症脳に特徴的な情報処理特性を体系的に整理します。
1. 感覚ゲインの増大(High sensory gain)
自閉症では、一次感覚野(視覚・聴覚・体性感覚)における反応ゲインが高く設定されていると考えられます。その結果、弱い刺激であっても過剰な神経応答が生じ、主観的には『普通の刺激が強すぎる』と感じられます。この背景には、興奮性と抑制性神経活動(E/Iバランス)の偏りが関与していると考えられています。
2. 馴化・適応機構の低下
通常、繰り返し提示される刺激に対して神経応答は減衰しますが、自閉症ではこの馴化が弱いことが報告されています。ERP研究で示される馴化低下は、日常生活において『慣れにくさ』や『刺激が持続的に気になる』という感覚過敏体験と対応します。
3. 予測符号化における誤差信号の過大評価
自閉症脳では、予測誤差に付与される精度(precision)が過剰である可能性が示唆されています。これにより、予測から外れる刺激が常に重要な信号として処理され、感覚入力が過度に強調されます。不確実性の高い環境で感覚過敏が悪化しやすい点は、この枠組みで説明可能です。
4. 感覚ゲーティングとサリエンス制御の偏り
視床―皮質回路や前頭皮質による感覚ゲーティングが十分に機能しない場合、不要な感覚情報が抑制されずに流入します。その結果、些細な刺激にも過剰なサリエンスが付与され、注意や情動反応を強く引き起こします。
5. 文脈依存的調整の弱さ
健常な知覚では、文脈や目的に応じて感覚応答が調整されますが、自閉症ではトップダウン制御が弱く、局所的・物理的特徴が前面に出やすい傾向があります。一次感覚野ネットワークの機能的結合異常は、この特性を反映していると考えられます。
6. 多感覚・時間統合の非典型性
自閉症では、異なる感覚モダリティを統合する時間窓が非典型的であることが報告されています。その結果、多感覚環境では刺激が過剰に分離あるいは干渉し、感覚的負荷が増大します。
7. 注意制御と切り替え困難
感覚刺激が注意を強く捕捉し、一度向けられた注意を外すことが難しい点も、感覚過敏を増幅させます。この特性は、疲労や回避行動、情動反応の増大と密接に関連します。
まとめ
自閉症における感覚過敏は、一次感覚入力の増幅、適応・馴化の低下、予測誤差処理の偏り、感覚ゲーティングと文脈調整の弱さが重なって生じる、脳情報処理のシステム特性として理解できます。これは単なる感覚の問題ではなく、知覚・注意・学習・情動を横断する包括的な神経特性であると考えられます。



