本日は、午前中から某試験の対応に出かけました。気がつかないうちに、医学類の学生が標本をもって顕微鏡観察と写真撮影に来てくれました。技術職員は、標本の解析をしてくれました。医療科学類3年生はデスクに向かって、カリカリと作業していました。結果を見るのが楽しみです。某国家試験を控えている医療科学類4年生は、先日下記の論文を紹介しました。来週は研究進捗報告があるので、こちらもセミナーのトークを聞くのが楽しみです。
消えていく者たちが残したもの ― ARG1ミクログリアと記憶の準備
Nature Neuroscience, 2023年
ARG1-expressing microglia show a distinct molecular signature and modulate postnatal development and function of the mouse brain (ARG1を発現するミクログリアは独特な分子シグネチャーを示し、マウス脳の出生後発達と機能を制御する)
Vassilis Stratoulias et al. (Institute of Environmental Medicine, Toxicology Unit, Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden)
Abstract
Molecular diversity of microglia, the resident immune cells in the CNS, is reported. Whether microglial subsets characterized by the expression of specific proteins constitute subtypes with distinct functions has not been fully elucidated. Here we describe a microglial subtype expressing the enzyme arginase-1 (ARG1; that is, ARG1+ microglia) that is found predominantly in the basal forebrain and ventral striatum during early postnatal mouse development. ARG1+ microglia are enriched in phagocytic inclusions and exhibit a distinct molecular signature, including upregulation of genes such as Apoe, Clec7a, Igf1, Lgals3 and Mgl2, compared to ARG1– microglia. Microglial-specific knockdown of Arg1 results in deficient cholinergic innervation and impaired dendritic spine maturation in the hippocampus where cholinergic neurons project, which in turn results in impaired long-term potentiation and cognitive behavioral deficiencies in female mice. Our results expand on microglia diversity and provide insights into microglia subtype-specific functions.
Background
ミクログリアは胎生期早期に脳へ侵入し、シナプス形成、刈り込み、髄鞘化など神経回路形成に関与することが知られている。近年のトランスクリプトーム解析により、ミクログリアが一様な集団ではなく、発達期に特に高い多様性を示すことが明らかになってきた。しかし、特定タンパク質発現に基づくサブタイプが、独立した機能的役割を担うかは未解明であった。
Abstract
本研究は、中枢神経系常在免疫細胞であるミクログリアの多様性に着目し、アルギナーゼ1(ARG1)を発現する特定サブタイプ(ARG1+ミクログリア)を同定した。ARG1+ミクログリアはマウス出生後早期に主として基底前脳および腹側線条体に局在し、Apoe、Clec7a、Igf1、Lgals3、Mgl2などの遺伝子発現上昇を特徴とする独自の分子プロファイルを示した。ミクログリア特異的にArg1を欠失させると、海馬へのコリン作動性神経投射低下、樹状突起スパイン成熟障害、長期増強(LTP)低下、雌マウス特異的な認知機能障害が生じた。これらの結果は、ミクログリアのサブタイプ特異的機能の重要性を示す。
Methods
マウス(WT、YARG、Cx3cr1CreER、Arg1fl/fl)を用い、免疫組織化学、iDISCO+三次元イメージング、FACS分取後のバルクRNA-seq、RT-qPCR、電子顕微鏡解析を実施した。Arg1のミクログリア特異的欠失はCx3cr1CreER系統とタモキシフェン投与により誘導した。行動解析(Y迷路、新奇物体認識)、Golgi-Cox染色によるスパイン解析、海馬スライスでの電気生理(LTP測定)を行った。
Results
ARG1+ミクログリアはP10およびP28に基底前脳・腹側線条体に集積し、P100では著減した。形態学的にはARG1−ミクログリアと差はないが、RNA-seqでは150遺伝子が2倍以上上昇、109遺伝子が低下していた。超微細構造解析では、ARG1+ミクログリアに空の貪食小体および内容物を含む小体が有意に多かった。Arg1-cKO雌マウスでは、海馬へのコリン作動性線維密度低下、未熟スパイン増加、LTP(E-LTPおよびL-LTP)低下、長期記憶障害が認められた。一方、雄では行動・LTP障害は軽度または非顕著であった。

Discussion
本研究のDiscussionでは、ARG1を発現するミクログリア(ARG1+ミクログリア)が、炎症や病態によって一過的に誘導される活性化状態ではなく、発達期脳に内在的に存在する独立したミクログリア・サブタイプであることが強調されている。従来ARG1は古典的なM1/M2分類、とくに「代替活性化(M2)」の指標として扱われてきたが、本研究のRNA-seq解析では、ARG1+ミクログリアが古典的活性化マーカーと代替活性化マーカーの双方を発現しており、この単純な分類には当てはまらないことが示された。ARG1+ミクログリアは出生後早期に基底前脳および腹側線条体へ空間的に強く局在し、その出現と消退の時間軸は、基底前脳コリン作動性ニューロンの成熟、すなわちChAT発現や樹状突起の成長・分岐が進行する時期と高度に一致している。この時空間的一致から、ARG1+ミクログリアは単に存在しているのではなく、発達期の神経回路、とくに基底前脳―海馬コリン作動性回路の成熟を能動的に支えていると解釈される。
電子顕微鏡解析により、ARG1+ミクログリアはARG1−ミクログリアに比べて貪食小体を多く含み、その中にはシナプス小胞を含む構造も確認されたことから、これらの細胞が発達期におけるシナプス刈り込みや軸索終末の選択的除去など、回路リモデリングに積極的に関与していることが示唆される。さらに、ミクログリア特異的にArg1を欠失させると、海馬へのコリン作動性投射低下、樹状突起スパインの成熟障害、長期増強(LTP)の低下、長期記憶障害が連鎖的に生じることから、ARG1+ミクログリアの存在がこれらの機能に対して因果的に重要であることが示された。重要なのは、短期可塑性や基礎的シナプス伝達、前シナプス機構には異常がなく、障害が主として後シナプス側の成熟と可塑性に限局している点であり、これはARG1+ミクログリアがシナプス形成・成熟段階を精密に制御していることを支持する。
また、これらの表現型が雌マウスで顕著であった一方、ARG1+ミクログリアの数や転写プロファイル自体には性差が見られなかったことから、著者らはホルモン環境や回路側の性差など、下流の要因が機能的差異を生み出している可能性を示唆している。さらにDiscussionでは、ヒトにおけるARG1欠損症で末梢症状が治療されても認知障害が残存する事実に触れ、ミクログリア内ARG1欠損が中枢神経症状の一因である可能性を提起するとともに、発達障害やアルツハイマー病など、コリン作動性機能低下を伴う疾患との関連性にも言及している。総じて本研究は、ミクログリアが一様な細胞集団ではなく、発達期において時期特異的・回路特異的なサブタイプが存在し、その一つであるARG1+ミクログリアが基底前脳―海馬回路の成熟と生涯にわたる認知機能の基盤形成に不可欠であることを、分子・構造・機能・行動の各レベルから統合的に示したものと位置づけられる。

Figure 7は,Arg1をミクログリア特異的に欠失させることで,雌マウス海馬CA1および歯状回の両方において,樹状突起スパインが成熟型から未熟型へとシフトすることを明確に示している。
これは,ARG1+ミクログリアが,発達期に形成された海馬回路の構造的成熟を維持・完成させるために必須であることを形態学的に裏付ける決定的な証拠であり,後続のLTP障害および認知機能低下(Figure 8,5)を説明する重要な細胞基盤を提示している。








