塩野義製薬が開発したザズベイ®カプセル30mg(一般名:ズラノロン)は、うつ病・うつ状態を効能・効果として、2025年12月22日に日本で製造販売承認を取得した新規作用機序の抗うつ薬です。
1. 位置づけ:神経活性ステロイド(NAS)系のGABA作動性“増強”薬
ザズベイ®(ズラノロン)は、塩野義製薬が日本で承認を得たうつ病・うつ状態治療薬で、従来のSSRI/SNRIのようなモノアミン系ではなく、GABA_A受容体を標的とする神経活性ステロイド(neuroactive steroid; NAS)系の薬剤として位置づけられます。
NASは、核内受容体を介する“遺伝子発現レベルの緩徐な作用”ではなく、膜受容体(主にGABA_A受容体)に対する迅速な非ゲノム作用で神経興奮性を調整する点が重要です。
2. 分子機序:GABA_A受容体の「正のアロステリック調節因子(PAM)」
ズラノロンは、GABA_A受容体の正のアロステリック調節因子(positive allosteric modulator: PAM)であり、GABAそのものの代替ではなく、内因性GABAの作用(受容体電流)を増強します。
その結果、Cl⁻透過性の増大を介して神経細胞の過分極方向の駆動力が高まり、神経回路の興奮性が抑制されます(“抑制のゲインを上げる”作用)。
3. サブタイプの要点:シナプス性(γ)とシナプス外(δ)の双方に効く
作用機序の説明で最も重要なのは、ズラノロンが**シナプス性(γサブユニット含有)**だけでなく、シナプス外(δサブユニット含有)の構成を含む複数のヒト組換えGABA_A受容体サブタイプで電流を増強する点です。これは一次薬理データとしてAlthausらが詳細に示しています。
この「γ+δの両方をカバーする」特性が、臨床上“鎮静薬の延長”ではなく、情動回路の不安定化を回路レベルで立て直すという説明(後述)につながります。
4. 細胞生理学的帰結:phasic抑制とtonic抑制の同時増強
GABA_A受容体を介する抑制には大きく2種類あります。
- phasic inhibition(相動性抑制):シナプス間隙での一過性GABA放出により生じる抑制
- tonic inhibition(持続性抑制):シナプス外受容体を介して背景的に持続する抑制
総説(Cutler、Thompson)では、一般にシナプス性=phasic、シナプス外=tonicという整理が明確に示され、NASがこれらを調整しうる枠組みがまとめられています。
そして一次データとしてAlthausらは、ズラノロンが神経スライスでtonic currentを増大させ、さらにシナプス電流の時間特性にも影響し得ることを示しており、phasic/tonicの両面で抑制を“底上げ”する説明が成り立ちます。
5. 回路・臨床への橋渡し:なぜ「速い」抗うつ効果が説明されるのか
SSRI/SNRIは、モノアミン濃度変化に続く下流の可塑性変化を経るため、臨床効果が明確になるまで時間を要しがちです。一方、NAS(ズラノロンを含む)は、膜受容体(GABA_A)に対して分〜時間スケールで作用し得る“迅速な非ゲノム作用”として整理されています。
このため、うつ病でしばしば議論される興奮—抑制(E/I)バランスの破綻や情動回路の過興奮/不安定化に対し、抑制側のゲインを短期間で回復させることが、投与開始後比較的早期の症状改善(“rapid-acting”の性格)を支える機序仮説として説明されます。
6. まとめ(作用機序の定型文)
ズラノロン(ザズベイ®)は、神経活性ステロイド系のGABA_A受容体PAMとして、シナプス性(γ含有)およびシナプス外(δ含有)受容体を含む複数サブタイプのGABA応答電流を増強し、phasic抑制とtonic抑制の双方を高めることで、情動回路の興奮—抑制バランスを迅速に再調整すると考えられます。
| 観点 | ザズベイ® | SSRI / SNRI |
|---|---|---|
| 主な役割 | 急性期の症状安定化 | 維持・再発予防 |
| 効果発現 | 数日以内 | 2–4週 |
| 投与期間 | 14日限定 | 数か月〜 |
| 機序 | GABA_A受容体PAM | モノアミン再取り込み阻害 |
| 不安・不眠 | 改善しやすい | 初期に悪化することあり |
| 長期管理 | 不可 | 可能 |
参考文献
- Althaus AL, et al. Neuropharmacology (2020). “Preclinical characterization of zuranolone (SAGE-217)…” doi:10.1016/j.neuropharm.2020.108333 (PubMed)
- Cutler AJ, et al. Translational Psychiatry (2023). “Understanding the mechanism of action and clinical effects of neuroactive steroids…” doi:10.1038/s41398-023-02514-2
- Thompson SM. Neuropsychopharmacology (2024). “Modulators of GABAA receptor-mediated inhibition…” doi:10.1038/s41386-023-01728-8 (PubMed)
- Shionogi press release (2025/12/22): Japan approval for ZURZUVAE/Zazvey (zuranolone) (塩野義製薬)
- Shionogi press release (2024/09/27): NDA submission in Japan for zuranolone (塩野義製薬)
