ペンローズ(Sir Roger Penrose、1931年8月8日 – , 2020年ノーベル物理学賞受賞)とハメロフが提唱した微小管と意識の関係、すなわち Orchestrated Objective Reduction(Orch-OR)理論は、2025年現在もなお神経科学および物理学の周縁で議論が続いている仮説です。この理論は、意識を単なるニューロン間のシナプス活動の総和としてではなく、ニューロン内部の微小管における量子過程、とりわけ量子重ね合わせとその客観的収縮(Objective Reduction, OR)に基づく現象として捉えようとする点に特徴があります。Penrose は、量子力学における波動関数収縮を観測者依存の確率事象ではなく、時空の幾何学、すなわち量子重力に起因する客観的かつ非計算論的な過程であると考え、その瞬間こそが主観的意識体験の最小単位であると主張しました。Hameroff は、この物理過程が生じる「場」として、神経細胞内に普遍的に存在する微小管を位置づけました。

近年の実験的研究で注目されているのは、麻酔と微小管の関係です。全身麻酔が可逆的に意識を消失させるという事実は、意識理論にとって重要な検証対象です。Orch-OR 理論では、麻酔薬が微小管レベルの過程を阻害することによって意識が失われると予測しています。実際、2020年代に入ってから、微小管安定化薬が吸入麻酔薬による意識消失や回復の動態に影響を与えることを示す動物実験が報告されており、麻酔薬が微小管機能に何らかの作用を及ぼす可能性は一定程度支持されつつあります。ただし、これらの結果は、微小管の古典的な構造的役割や細胞内輸送機能の変化としても説明可能であり、量子コヒーレンスや OR の実在を直接的に裏づけるものではありません。
また、微小管の電磁的および共鳴的性質に関する研究も増加しています。微小管が特定の周波数帯で振動あるいは共鳴しうることや、電気双極子として振る舞う可能性については、実験的および理論的な検討が進められています。しかし、これらの現象は必ずしも量子力学的過程を意味するものではありません。さらに、スピンや同位体効果、磁場依存性といった量子生物学的テーマを微小管に適用する試みも報告されていますが、その多くはプレプリント段階にとどまっており、独立した再現研究や査読を経た確立的な知見には至っていません。
一方で、Orch-OR 理論に対する反論は依然として強固です。最大の論点は、脳内が「温かく湿った」環境であるため、量子コヒーレンスが極めて短時間で失われるとするデコヒーレンス問題です。Tegmark による定量的解析では、微小管内で想定される量子状態が認知に必要な時間スケールを維持できないことが示されており、意識の基盤としては不適切であると結論づけられています。これに対して Hameroff らは、前提条件や物理モデルの設定の違いを指摘し反論を行っていますが、決定的な実測データによる決着には至っていません。さらに、チューブリンが理論で仮定されているような計算素子として実際に機能し得るのかという生物学的実現可能性や、改訂版 Orch-OR においても検証可能な具体的予測が乏しい点についても批判が続いています。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1571064513001188#fg0060
2025年時点での評価としては、微小管が神経機能や麻酔作用に関与する可能性自体は実験的に支持されつつあるものの、それを量子コヒーレンスや Penrose の OR と直接結びつけ、意識の物理的基盤として確立するには大きな隔たりがあると言えます。Orch-OR 理論は依然として挑発的で魅力的な仮説ではありますが、主流の神経科学の立場からは、検証可能性と再現性を備えた実験的裏づけが決定的に不足している段階にあります。麻酔、微小管、量子効果を明確に切り分けた厳密な実験設計が不可欠であると考えられます。
微小管、分子モーターと精神疾患との関係を考察していたところ、ペンローズの「皇帝の新しい心」を思い出しました。秋学期の試験期間に入り、学類生たちは大忙しのようです。医学類M2の神経系の試験も来週に控えています。M1は1月から生理学のコースが開始されます。M2の薬理学や解剖学の基礎となるコースですので、十分に勉強してきてほしいです(真剣に)。


