Nature Published: 10 December 2025
Mapping the genetic landscape across 14 psychiatric disorders (14の精神疾患にまたがる遺伝的ランドスケープのマッピング)
Andrew D. Grotzinger et al. (Department of Psychology and Neuroscience, University of Colorado Boulder, Boulder, CO, USA.)
Abstract
精神疾患は併存性(comorbidity)が多く、疾患間で遺伝的要因が大きく重なるため、従来の診断境界が揺らいでいる。本研究は14疾患・1,056,201症例の共通変異に基づく遺伝学的関連データを用い、最先端の統計・機能ゲノム解析を組み合わせて、共有要因と疾患特異性を同時に描写した。その結果、5つの潜在的「ゲノム因子」が各疾患の遺伝分散の大部分(平均で約66%)を説明し、238の多面発現(pleiotropic)座位に結びついた。特に(1)統合失調症と双極性障害の因子(SB因子)と、(2)うつ病・PTSD・不安の因子(内在化因子)はポリジェニックな重複が強く、特異的座位が少ない。全14疾患で共有される遺伝シグナルは転写調節など広い生物過程に富み、因子ごとにより具体的経路の共有が見られた。SB因子は興奮性ニューロン発現遺伝子に、内在化因子はオリゴデンドロサイト生物学に強く関連した。これらは神経生物学的により妥当な精神疾患分類と、併存に対応する治療標的探索に資する。

Background
- 精神疾患は生涯で「人口の半数が少なくとも1つを満たす」とされ、複数疾患を満たす人も多い。症状ベースの診断は病態の不明瞭さもあり、併存の多さが鑑別を難しくする。
- 近年の精神疾患GWASにより、疾患間で共有される遺伝要因(pleiotropy)や遺伝相関の高さが示されてきたが、「共有」と「特異性」の全体像は十分に定義されていなかった。
Methods
- 対象: 14疾患のGWAS要約統計(主解析はEUR-like祖先集団に限定)。追加としてMD/SCZのEAS-like、AUD/CUD/OUD/PTSDのAFR-likeも一部解析。
- 解析パイプライン(主なもの)
- LDSCで疾患間のゲノム全体遺伝相関(rg)を推定。
- MiXeR(二形質因果混合モデル)で、効果方向に依存しない共有因果変異数(ポリジェニック重複)を定量(MD/SCZ/BIP/ANX/ADHD/PTSD/AUD/ANなどに限定)した。
- genomic SEMで、rg行列から潜在因子モデル(5因子+階層p因子)を推定(適合:CFI=0.971, SRMR=0.063)。
- LAVAでゲノムを1,093のLD独立領域に分割し、局所rgとホットスポットを同定(有意局所rg:458、ホットスポット:101)。
- genomic SEMの多変量GWASで因子関連SNPを同定(SB因子102ヒット、内在化因子150ヒット、p因子160ヒットなど)。
- CC-GWASで疾患ペアの症例間差(異なるアレル頻度)を持つ座位を同定(75ペア、有意差座位412、LD独立で109)。
- 機能注釈(胎児/成人脳eQTL、Hi-Cなど)+細胞型/経路富化(EWCE/MAGMA、GO解析)。
Results
- ゲノム全体の重なり(LDSC): 14疾患間で広範な遺伝相関が観察され、クラスター構造が示唆された(Fig.1a)。
- MiXeR: LDSCのrgよりも大きいポリジェニック重複を示し、共有シグナルは主に「効果方向が一致」する変異で構成され、差異は少数の不一致/特異変異で駆動される傾向。
- 5因子構造(genomic SEM)(Fig.1bの説明に基づく)
- F1 Compulsive: AN, OCD(TS/ANXは弱め)
- F2 SB: SCZ, BIP
- F3 Neurodevelopmental: ASD, ADHD(TSが弱め)
- F4 Internalizing: PTSD, MD, ANX
- F5 SUD: OUD, CUD, AUD, NIC(ADHDが弱め)
- 5因子で各疾患の遺伝分散の平均約66%を説明、未説明(残差)の中央値は33.5%。TSは87%が未説明で最も特異性が大きい。
- 階層p因子: 内在化因子がpに最も強くロード(0.95)、他4因子は0.50–0.63。
- 外部形質との相関(例): 内在化因子とSUD因子は家計収入と負の相関(内在化 rg=-0.40 (s.e.=0.02)、SUD rg=-0.41 (s.e.=0.03))。
- 局所rg(LAVA): 有意な局所rgは458、ホットスポットは101。最も多面発現的なホットスポットはchr11で、8疾患を含む17個の正の有意局所rg。領域にはNCAM1–TTC12–ANKK1–DRD2クラスターを含む。
- 因子GWASの座位数: 5因子で重複を統合すると238のユニークヒット(うち27は複数因子に関連)。p因子は160ヒットで、5因子モデルで見えないものが57。両モデル合計で295ユニークヒット。
- CC-GWAS: 75ペアで412座位(LD独立109)が症例間で差を示し、特にSCZを含む比較で多い(412中294)。
- 機能的含意(細胞型・経路):
- SB因子: 胎児データで介在ニューロンと複数の興奮性ニューロン亜型に富化、成人でも深層興奮性ニューロンに特異的富化(Fig.5)。
- Internalizing因子: 成人でオリゴデンドロサイトやその前駆細胞、Bergmann gliaなどグリア系に富化(Fig.5)。
- p因子: より広い「遺伝子調節」などの生物過程に富化(Fig.5aの説明)。
Discussion
- 14疾患の共有遺伝リスクは、ゲノム全体でも領域でも座位レベルでも「広く・深く」存在し、5つの因子でパースimoniousに要約できる。
- 特にSB因子とInternalizing因子は、複数手法で一貫して強い重複が出ており、同一因子内の疾患は「個別変異レベルで区別しにくい」ことがCC-GWASとも整合。
- p因子は内在化に強く近く(ロード0.95)、広い生物学カテゴリを拾う一方、QSNPヘテロジニティが多い(p因子QSNP=117、5因子合計QSNP=33)ことから、p因子単独では不十分で、下位因子が重要というモデルが示唆される。
〇ASD/ADHDを含む“Neurodevelopmental因子”が、他因子とどこで交差するか
本論文において、ASDおよびADHDを中核とする Neurodevelopmental 因子は、他の精神疾患因子と明確に分離された遺伝構造を示しつつも、完全に独立した存在ではないことが示された。Genomic SEM 解析では、本因子は SB 因子(統合失調症・双極性障害) や Internalizing 因子(うつ病・不安障害・PTSD) と有意な遺伝相関を有し、上位の一般精神病理因子(p-factor)を介した共有基盤が存在することが示唆された。一方で、その相関の大きさは中等度にとどまり、発達障害としての独自性は保たれている。
MiXeR 解析からは、Neurodevelopmental 因子と他因子の間に、効果方向が一致しない多数の共有原因変異が存在することが示され、共通の発達関連遺伝子ネットワークが異なる表現型へ分岐し得る構造が明らかとなった。さらに LAVA による局所遺伝相関解析では、染色体11をはじめとする神経回路形成や報酬系に関与する特定領域で、SB 因子や SUD 因子との交差が認められた。これらの結果は、ASD/ADHD が精神疾患全体の発達的基盤と交差しつつ、早期発達段階で分岐点を持つ因子であることを示している。

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