痘の影が世界を覆い、やがて消えた日のこと

1979年12月は、人類の医学史において特別な意味をもつ時期です。この時期、世界保健機関(WHO)が設置した天然痘根絶認定のための国際委員会(Global Commission for the Certification of Smallpox Eradication:GCCSE)が、天然痘が世界的に根絶されたと判断するための最終的な審査と確認を行いました。一般に「1979年12月9日、天然痘根絶が確認された」と紹介されるのは、この国際委員会による最終評価の段階を指しています。

天然痘根絶事業は、1958年にWHO総会で提案され、1967年から「強化天然痘根絶計画」として本格化しました。しかし根絶とは、単に患者がいなくなることではありません。WHOは、すべての国と地域において十分な監視体制(サーベイランス)が維持され、一定期間、自然感染例が存在しないことを証明するという厳格な基準を設けました。各国は、疑い例の即時報告、検体検査、積極的症例探索、戸別訪問調査などを継続し、その記録をもって段階的に「根絶認定」を受けていきました。

天然痘の最後の自然感染例は、1977年10月にソマリアで確認された症例(Variola minor)とされています。この症例以降、世界は2年以上にわたる厳密な監視期間に入りました。その最中であった1978年、英国バーミンガムで研究室由来の天然痘感染事故が発生します。これは自然流行ではありませんでしたが、「研究室に保管されたウイルスが再流行の原因となり得る」という深刻な現実を突きつけ、根絶後の病原体管理やバイオセーフティの重要性を強く印象づけました。

こうした経緯を踏まえ、GCCSEは各地域の認定結果、監視体制の信頼性、事故例の評価を総合的に検討し、1979年12月に世界規模で天然痘が根絶されたと確認しました。この判断は最終報告としてまとめられ、翌年の世界保健総会に提出されます。

そして1980年5月8日、第33回世界保健総会(World Health Assembly)は決議 WHA33.3 を採択し、「天然痘の世界的根絶」を公式に宣言しました。これにより天然痘は、人類史上初めて、かつ長らく唯一の「公式に根絶されたヒト感染症」となりました。

天然痘が根絶に成功した背景には、いくつかの特有の条件があります。天然痘ウイルスはヒトのみを宿主とし、動物リザーバーを持たないこと、発疹を伴う臨床像が極めて特徴的で発見しやすいこと、有効なワクチンが存在したことが重要でした。さらに、単なる一斉接種ではなく、患者発見を起点に周囲を囲い込むリングワクチネーションと能動的監視という戦略が、資源の限られた地域でも有効に機能しました。

1979年12月の「確認」は、1980年の公式宣言への橋渡しであると同時に、国際協調、公衆衛生戦略、監視体制、危険病原体管理が結実した瞬間でした。この出来事は、感染症対策が「科学技術」だけでなく、「社会制度と国際的合意」によって成り立つことを示す、医学史上の金字塔と言えます。

天然痘とは

天然痘は高い致死率と強い感染力をもつ歴史的疾患でしたが、科学と公衆衛生の総力戦により根絶されました。その成功は、現代の感染症対策とワクチン政策の原型となっています。

  • 原因ウイルス:天然痘ウイルス(Variola virus)
  • 分類:ポックスウイルス科(Poxviridae)・オルソポックスウイルス属
  • 特徴:DNAウイルスで、細胞核ではなく細胞質で増殖します。
  • 亜型:重症型の Variola major(致死率が高い)と、比較的軽症の Variola minorがある。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/222a3c94eda5df3d3e01a7d8906b18660989daee

国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイトホームページ
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