卵の彼方に世界を

カール・エルンスト・フォン・ベーア(Karl Ernst von Baer, 1792–1876)は、比較発生学・発生生物学の「父」と呼ばれる生物学者です。ベーアはエストニアのバルト・ドイツ人として生まれ、ドイツ語圏とロシア帝国の学界で幅広く活動しました。1876年11月28日(当時ロシアで用いられていたユリウス暦では11月16日)に、エストニアのドルパット(現タルトゥ)で84歳の生涯を静かに閉じています。この日付は、近代発生学を切り開いた一時代の終わりを象徴する日といえます。

彼の最大の功績の一つは、脊椎動物の発生を精密に比較するなかで、哺乳類(ヒトを含む)の卵(卵母細胞)を明確に記載したことです。1827年の論文「哺乳類およびヒトの卵の起源について」において、哺乳類の卵を具体的に示し、「ヒトも他の動物と同じく一つの卵から発生する」という概念を定着させました。これは、それまで断片的だった人間発生の理解を、動物発生の枠組みの中に位置づけ直す画期的な成果でした。

さらにベーアは、胚の観察を通して、発生初期に形成される三つの胚葉(外胚葉・中胚葉・内胚葉)の存在を整理し、それぞれが将来どの組織や臓器に分化していくかを示しました。この「胚葉説」は、現在の組織学・臓器発生学の教科書でも当然の前提として扱われており、彼の仕事の基盤的な重要性がよく分かります。

また『動物発生史』で示された「ベーアの発生法則」は、発生の進み方に関する原理として有名です。彼は、発生初期ほど生物群に共通する一般的な形態が見られ、発生が進むにつれて、より狭い分類群・種に固有な特徴が現れることを強調しました。これにより、「個体発生は低等動物の成体を繰り返す」という単純な再現説を批判し、「胚どうしを比較してこそ系統関係が見えてくる」という視点を提示しました。

晩年のベーアはダーウィンの自然選択説には必ずしも全面的には賛同しませんでしたが、発生を比較し、そこから生物の関係性を読み解くという姿勢は、のちの発生進化生物学(Evo-Devo)の重要な源流となっています。彼の死は、実体験に根ざした観察と比較に基づいて生物の発生を理解しようとした「古典的発生学」の黄金期の幕引きとも言えます。現在でも、多くの発生学の教科書や歴史的概説は、ベーアの仕事から話を始めており、11月28日は、発生学の土台を築いた大科学者を偲ぶべき日となるでしょう。

来週は、分子生物学会が開催されます。最新の研究成果を見ることができるのを楽しみにしています。

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