フィリップ・ピネル(Philippe Pinel, 1745–1826)は、18~19世紀にかけて精神医学の近代化を導いたフランスの医師です。彼は、精神疾患を「悪霊憑き」や「狂気」として罰する対象ではなく、治療可能な病として捉え直した最初の人物の一人とされています。1790年代、パリのビセートル病院で鎖につながれた患者を解放し、穏やかな環境と人間的な接し方による治療――いわゆる「道徳的治療(moral treatment)」を提唱しました。これは、患者の尊厳を回復させるとともに、精神疾患の観察・分類・治療という医学的アプローチを確立する契機となりました。
1801年の著書『精神錯乱もしくは狂気に関する医学・哲学的論考』では、症状や経過に基づいて精神疾患を体系的に整理し、後の精神科疾病分類学(ノソロジー)に大きな影響を与えました。ピネルの思想は、患者を理解し社会復帰を支援する「治療的関係」の原型を築いたものといえます。彼が亡くなった1826年10月25日は、非人道的な拘束から科学的・人道的精神医療への転換を象徴する日であり、精神医学史における大きな節目として記憶されています。





oil on canvas
Musee d’Histoire de la Medecine, Paris, France
Archives Charmet
French, out of copyright
