才能の残響

春は本来、芽吹きと出会いの季節であるはずなのに、ときにそれは静かな喪失の気配を帯びます。まだ冷たさの残る風の中で、ひとり、またひとりと若い才能が去っていきます。その背中は軽やかで、未来に向かう確かな意志に満ちているのに、見送る側の時間だけが、取り残されたように沈んでいきます。

彼らは未完であるがゆえに、美しい存在です。荒削りな発想や、時に過剰なまでの情熱が、この場所に新しい息吹を与えていました。その揺らぎや危うささえも含めて、確かにここに「可能性」という光を灯していたのだと思います。だからこそ、その光が遠ざかるとき、残されるのは単なる寂しさではなく、何か取り返しのつかないものを見送ったような感覚を覚えます。

桜は咲き、そして散ります。それを毎年繰り返しながら、人はなおその儚さに心を奪われます。若い才能の旅立ちもまた、同じように抗いがたい季節の理に従っているのでしょう。それでも願わずにはいられません。この場所で芽吹いたものが、どこか遠くで確かに花開いていることを。そしていつか、その記憶だけでも、静かに春の光の中に戻ってくることを願っています。

年度初めで会議や面談など多くの行事があり、大変気忙しいです。講義や実習が本格化する前に、新しく研究室に参加した方への技術伝達、論文の執筆など、ひとつでも多く進めておきたいものです。

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