アラン・ホジキンとアンドリュー・ハクスリーは、20世紀の神経科学において、神経細胞がどのようにして電気信号を発生・伝導するのかを定量的に解明した生理学者です。両者は第二次世界大戦前後に共同研究を行い、1952年に発表した一連の論文において、活動電位の本質がイオンの選択的透過性変化によって生じることを明確に示しました。この研究は、神経生理学を記述的学問から数理モデルに基づく定量科学へと転換させた画期的業績です。
彼らの研究の最大の特徴は、イカ巨大軸索を実験材料として用いた点にあります。直径が非常に太いこの軸索は、当時としては革新的であった電位固定法(voltage clamp)を適用することを可能にし、膜電位を一定に保ったままイオン電流を直接測定することを実現しました。これにより、活動電位の立ち上がりと立ち下がりが、それぞれナトリウムイオンとカリウムイオンの膜透過性の時間依存的変化に対応していることが実験的に証明されました。
ホジキンとハクスリーはさらに、これらの実験結果をもとに、膜電位変化を支配するイオン電流を数式で表現し、ホジキン=ハクスリー方程式と呼ばれる数理モデルを構築しました。このモデルでは、ナトリウムチャネルとカリウムチャネルの開閉が確率論的な「ゲート変数」として表現され、活動電位の発生、再分極、不応期といった現象が一貫して説明されています。これは、生体現象を初めて精密な微分方程式として記述した例の一つであり、計算論的神経科学の出発点とも位置づけられています。
この業績により、ホジキンとハクスリーは1963年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼らの理論は、その後に発見されるイオンチャネルの分子実体やパッチクランプ法による単一チャネル解析とも整合し、現在に至るまで神経科学、心臓電気生理学、神経工学、数理生物学の基盤として用いられています。ホジキンとハクスリーは、生命現象としての神経活動を「電気」「イオン」「数式」という共通言語で理解可能な対象へと昇華させた、現代神経科学の礎を築いた研究者であると言えます。
〇イカの飼育の難しさ
ホジキンらが研究した時代から「イカは飼育が難しい」こと自体がよく認識されていました。例えばホジキンの回想・伝記的記述では、イカは飼育下で暴れて水槽に衝突しやすいといった問題が明示されています。 そのため、当時は「長く飼う」よりも、漁獲直後の個体を迅速に解剖して巨大軸索を取り出し、標本(軸索)側をできるだけ長く生かすという工夫が現実的でした。具体的には、第二次世界大戦前後に彼らが活動していた英国および北米の沿岸研究拠点(とくに後年はMarine Biological Laboratory)の周辺海域で、地元の漁師や研究所スタッフが漁獲したイカ(当時は Loligo 属として扱われていた個体)をその日のうち、あるいは捕獲直後に研究者が受け取る体制が整えられていました。イカは水槽内で数日以上安定して飼育することが難しいため、「生体を長く飼う」のではなく、「生体から切り出した巨大軸索をできるだけ良好な状態で保つ」という戦略が採られていました。



