17世紀の科学者ニコラウス・ステノ(Niels Stensen, 1638–1686)は、解剖学と地質学の双方で近代科学の基礎を築いた人物として知られています。彼はデンマークに生まれ、ヨーロッパ各地で研究を行い、1686年11月25日に亡くなりました。医学分野では主に解剖学研究で大きな功績を残し、特に「ステノン管(Stensen’s duct)」の発見は今日まで受け継がれる重要な成果です。
当時、唾液腺の構造は不明確で、腺組織と脂肪組織の区別さえ曖昧でした。ステノはイヌの頭部解剖を丹念に行い、耳下腺から口腔へ唾液を運ぶ細い導管を見出しました。これが現在「耳下腺導管」と呼ばれるステノン管です。彼は導管の起始から開口部までを詳細に追跡し、唾液が腺房で産生され、管を通って口腔に輸送されるという、腺分泌の基本モデルを示しました。この発見は、腺組織とその導管が独立した構造として働くことを明確にし、近代解剖学の成立に大きく貢献しました。
ステノン管は耳下腺の前縁から始まり、咬筋の外側を前方に走り、咬筋前縁で内側に屈曲し、頬筋を貫いて上顎第2大臼歯付近の小乳頭に開口します。長さは約5〜7cmで、内腔は単層円柱上皮に覆われています。頬筋貫通部は狭窄しやすく、唾石症の好発部位となることが臨床的に重要です。耳下腺炎ではこの開口部の発赤や分泌状態を観察することで診断に役立ちます。外傷・手術で損傷すると唾液瘻の原因になるため、顔面外科や歯科領域でも解剖学的知識が必須です。
ステノは筋肉の本質が「線維の収縮」であることを示し、心臓が筋肉であると論じるなど、生体の構造と機能を観察に基づいて体系化しました。また、脳室に精神が宿るという古い学説を批判し、脳実質の重要性を強調するなど、神経科学的思考の源流をつくりました。さらに地質学では層理の法則や化石の成因を論じ、「地質学の父」と称されます。このようにステノは、厳密な観察と記述によって自然現象を理解しようとした近代科学の先駆者であり、ステノン管の発見はその象徴的成果といえます。


