
この記事は、Nature誌に掲載されたHaridyらの研究を紹介するもので、脊椎動物の歯の起源に関する長年の議論に新たな視点を提供しています。(Nature)
背景
約4億6千万〜5億年前、脊椎動物は体表に鉱化した骨格を持つようになりました。この硬い外骨格は外界の感覚を妨げる可能性がありましたが、表面に「オドントード(odontodes)」と呼ばれる歯のような構造が形成され、感覚機能を補っていたと考えられています。これらのオドントードは、細い管状構造内に感覚細胞の突起を含み、海水と接触していた可能性があります。現代の歯も、痛みを感じることでこの感覚機能の名残を示しています。
新たな発見
Haridyらの研究は、これまで脊椎動物由来と考えられていた最古のオドントード様構造が、実際には節足動物(例:カニなど)の表面に見られる感覚領域とより類似していることを示しました。これにより、これらの構造が脊椎動物ではなく節足動物に属する可能性が高いと結論づけられました。
意義
この発見は、歯や感覚器官の進化に関する理解を深め、脊椎動物の歯の起源に関する従来の見解を再評価する必要性を示しています。また、鉱化した感覚構造が複数の動物群で独立して進化した可能性を示唆しています。

Anatolepisは節足動物の一種と再分類され、脊椎動物の歯の進化史から外れる。
節足動物と脊椎動物で、感覚性の鉱化構造が収斂的に進化した可能性を示唆しています。
■ 背景:歯の感覚はどこから来たか?
今回の論文で議論されているオドントード(odontode)は、脊椎動物が体表に持っていた初期の鉱化・感覚構造で、そこには以下のような特徴がありました:
- 象牙質(dentine):神経と連結する管(tubules)を持つ感覚性の組織。
- 象牙芽細胞(odontoblasts):象牙質を形成し、細胞突起を管の中に伸ばし、外部刺激(温度、浸透圧、圧力)を感知。
- この構造は、のちに口腔内の「歯」へと進化していきます。
■ 虫歯の痛みとの関係
現在の人間の歯でも、象牙質内の象牙細管(dentin tubules)を通して神経が刺激されることが、痛みの原因になります。
- 虫歯によってエナメル質が破壊されると、象牙質が露出し、そこから神経への刺激が直接届きやすくなります。
- 冷たいものや甘いもの、噛む力などによって象牙質が刺激されると、「痛い」と感じます。
■ 今回の発見との接点
Haridyらの研究は、「オドントードが本当に歯の祖先だったのか?」という問いを再検討し、Anatolepisという生物の構造は**象牙質を持たない(=真の歯ではない)**ことを示しました。
これにより、「歯の痛み」につながる感覚性象牙質の起源は、Anatolepisではなく、より後の脊椎動物(Arandaspidsなど)にあることが明らかになったのです。
■ まとめ
- 虫歯による痛みは、象牙質の感覚機能に起因します。
- 今回の研究は、その象牙質の起源がより明確に特定されたという意味で、歯の痛みの進化的背景を理解する上で重要です。
- つまり、現代の「歯の痛み」は、古代の魚たちが外骨格上に感覚性構造を持っていたことに端を発する、というわけです。

脊椎動物における真の象牙質をもつ感覚構造(歯の原型)は、Arandaspidsに起源をもつ
節足動物と脊椎動物の双方が、独立に感覚性の外骨格構造を進化させた(収斂進化)
図2は、歯の起源を巡る誤認(Anatolepis)を訂正し、脊椎動物と節足動物の感覚構造が別々に進化してきたことを視覚的に示す進化図です。
この研究により、「歯のように見えても歯ではない」構造と、「感覚器官としての歯の起源」が明確に分けられました。
