見えざる脳の建築士: ARG1発現ミクログリア

本日のラボセミナーは、新しく大学院に入学した学生の自己紹介とスタッフIによる論文紹介でした。外勤先から特任研究員も駆けつけてセミナーに参加しました。セミナー後に、実験室の什器の移動を手伝ってくださった医療科学類の学生に感謝です。夜遅くまで、医学類の学生お二人は黙々と実験してくださいました。こちらもいつもありがとうございます!

Nature Neuroscience, 2023年6月, 第26巻, pp.1008–1020

ARG1-expressing microglia show a distinct molecular signature and modulate postnatal development and function of the mouse brain (ARG1発現ミクログリアは特異な分子シグネチャーを示し、マウス脳の出生後の発達と機能を調節する)

Vassilis Stratoulias 1 2Rocío Ruiz 3Shigeaki Kanatani # 4Ahmed M Osman # 5Lily Keane # 6Jose A Armengol 7Antonio Rodríguez-Moreno 7Adriana-Natalia Murgoci 6Irene García-Domínguez 3Isabel Alonso-Bellido 3Fernando González Ibáñez 8 9Katherine Picard 8 9Guillermo Vázquez-Cabrera 6 3Mercedes Posada-Pérez 6 3Nathalie Vernoux 8Dario Tejera 10Kathleen Grabert 6Mathilde Cheray 6Patricia González-Rodríguez 6Eva M Pérez-Villegas 7Irene Martínez-Gallego 7Alejandro Lastra-Romero 5David Brodin 11Javier Avila-Cariño 12Yang Cao 13 14Mikko Airavaara 15 16Per Uhlén 4Michael T Heneka 17 18Marie-Ève Tremblay 8 9Klas Blomgren 5 19Jose L Venero 3Bertrand Joseph 20

Institute of Environmental Medicine, Toxicology Unit, Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden. vassilis.stratoulias@ki.se. Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden

Abstract

Molecular diversity of microglia, the resident immune cells in the CNS, is reported. Whether microglial subsets characterized by the expression of specific proteins constitute subtypes with distinct functions has not been fully elucidated. Here we describe a microglial subtype expressing the enzyme arginase-1 (ARG1; that is, ARG1+ microglia) that is found predominantly in the basal forebrain and ventral striatum during early postnatal mouse development. ARG1+ microglia are enriched in phagocytic inclusions and exhibit a distinct molecular signature, including upregulation of genes such as Apoe, Clec7a, Igf1, Lgals3 and Mgl2, compared to ARG1 microglia. Microglial-specific knockdown of Arg1 results in deficient cholinergic innervation and impaired dendritic spine maturation in the hippocampus where cholinergic neurons project, which in turn results in impaired long-term potentiation and cognitive behavioral deficiencies in female mice. Our results expand on microglia diversity and provide insights into microglia subtype-specific functions.

ARG1を発現するミクログリア(ARG1+ミクログリア)は、出生後初期のマウス脳の基底前脳および腹側線条体に主に存在し、貪食小体に富み、特異な遺伝子発現プロファイルを有する。ARG1をミクログリア特異的にノックダウンすると、海馬へのコリン作動性神経支配が障害され、樹状突起スパインの成熟、長期増強(LTP)、および認知行動が影響を受ける。これにより、ARG1+ミクログリアが認知機能に関与することが示唆される。

Background

ミクログリアは中枢神経系の常在免疫細胞であり、発生期から脳に存在して神経回路の形成に関与する。近年、ミクログリアが多様な転写プロファイルを示すことが明らかになってきたが、それぞれが異なる機能的サブタイプであるかは未解明であった。

Methods

出生後10日(P10)および28日(P28)のマウス脳をiDISCO+法で三次元免疫染色し、ARG1+ミクログリアの分布を解析。さらにFACSを用いてARG1+およびARG1–ミクログリアを分離し、RNA-seqとRT-qPCRにより転写プロファイルを比較。遺伝子改変マウスによるArg1のノックアウト実験と、行動解析、電気生理学的測定も実施。

Results

ARG1+ミクログリアは主に基底前脳と腹側線条体に存在し、発達に伴って数が減少する。ARG1+ミクログリアはApoe、Clec7a、Igf1、Lgals3、Mgl2などを高発現し、貪食小体が増加。ミクログリア特異的なArg1ノックアウトは、雌マウスで海馬の樹状突起スパインの成熟、LTP、長期記憶の形成を障害した。

ARG1+ミクログリアの特徴と分布

ARG1+ミクログリアは、基底前脳(basal forebrain: BF)に主に局在しており、出生後10日(P10)から28日(P28)の間で数が大きく減少する。P13(生後13日)のARG1+ミクログリアは、RNA-seq解析により、ARG1–ミクログリアとは明確に異なる転写プロファイルを持つことが示された。特に、Apoe、Clec7a、Igf1、Lgals3、Mgl2などの遺伝子が顕著に発現していた​。


ARG1遺伝子のミクログリア特異的ノックアウト

ARG1をミクログリア特異的にノックアウトするために、Cx3cr1CreERArg1fl/flマウスを交配し、生後1日目から数日間にわたりタモキシフェン投与でCreリコンビナーゼを誘導した。この方法でARG1の発現は効率的に抑制された。


認知機能と行動への影響

Arg1-cKO(ARG1欠損)雌マウスでは、以下のような認知機能障害が観察された:

  • Y字迷路における空間認識記憶の低下(新奇アームへの探索が減少、P=0.0058)​
  • 物体認識記憶の障害(識別指数低下、P=0.0148)​

雄マウスでは有意な変化は観察されなかった。


コリン作動性神経支配への影響

免疫染色による解析により、ARG1欠損マウスでは海馬へのChAT+(コリンアセチルトランスフェラーゼ陽性)線維の密度が有意に減少していることが明らかになりました(P=0.0016)​。このことは、ARG1+ミクログリアが基底前脳のコリン作動性ニューロンの成熟に関与している可能性を示唆します。


樹状突起スパイン成熟への影響

CA1およびDG領域の神経細胞の樹状突起スパインをGolgi染色で解析したところ、ARG1欠損雌マウスでは:

  • スパインが長く細く未熟な形態を示す割合が増加​
  • 成熟した分岐型スパインの割合が減少​

これらはシナプス可塑性の障害を示しています。


LTP(長期増強)への影響

CA1–シャッファー側副経路における電気生理学的測定で、ARG1欠損雌マウスでは:

  • E-LTP(初期LTP)およびL-LTP(後期LTP)が著しく減弱
  • 基礎シナプス伝達や短期増強(STP)、PPR(paired-pulse ratio)は正常​

つまり、シナプス後性のLTPの形成に欠陥があることが示唆されます。


まとめ

ARG1+ミクログリアは、出生後の限られた時期に存在し、基底前脳に局在する特殊なサブタイプであり、認知機能、神経回路形成、スパイン成熟、および長期シナプス可塑性に深く関与しています。特に雌マウスにおける顕著な影響は、性差のある神経発達メカニズムの存在を示唆しています。

Discussion

ARG1+ミクログリアは形態的にはARG1–と同様であるが、転写プロファイルや分布、機能が異なり、特に認知機能に重要な基底前脳のコリン作動性系に関連する。このサブタイプは女性においてより顕著に機能的役割を果たす可能性がある。本研究はARG1+ミクログリアという新たなサブタイプを特定し、その空間的・時間的分布、特異な遺伝子発現、および神経回路形成や認知行動への直接的な関与を明らかにした点で、従来のミクログリア研究を大きく拡張する。ARG1+ミクログリアの起源や分化の詳細な系譜解析は行われていない。また、ヒトでの直接的検証や病理モデルでの応用にはさらなる研究が必要。ARG1+ミクログリアは神経発達障害や認知障害(例:アルツハイマー病)に関与する可能性があり、このサブタイプの制御が新たな治療標的となる可能性がある。

ARG1の生理的役割

  • 尿素回路の中心酵素:​ARG1は、L-アルギニンをL-オルニチンと尿素に変換し、体内の過剰な窒素を尿として排出する過程を担います。​
  • ポリアミンとプロリンの前駆体生成:​生成されたオルニチンは、細胞増殖や組織修復に関与するポリアミンやプロリンの合成に利用されます。​
  • 免疫細胞での機能:​マクロファージやミクログリアなどの免疫細胞では、ARG1の発現が炎症の制御や組織修復に関与します。​

ミクログリアにおけるARG1の役割

ミクログリアは中枢神経系の常在免疫細胞であり、ARG1の発現は以下のような機能に関連しています:​

  • 抗炎症作用:​ARG1の発現は、炎症性サイトカインの産生を抑制し、神経炎症の解消を促進します。​
  • シナプスの刈り込みと神経回路の形成:​ARG1+ミクログリアは、発達期の神経回路形成においてシナプスの選択的な除去(刈り込み)を行い、適切な神経接続の確立に寄与します。​
  • 神経変性疾患への関与:​アルツハイマー病などの神経変性疾患において、ARG1+ミクログリアはアミロイドβの除去や神経炎症の制御に関与する可能性が示唆されています。
図1は、出生後マウス脳におけるARG1+ミクログリアの空間的・時間的分布およびその変化を示している。Figure 1aでは、出生後10日齢(P10)の野生型(WT)雌マウスの基底前脳におけるミクログリアの局所分布を、共焦点顕微鏡による免疫蛍光染色を用いて観察している。ミクログリアマーカーであるIBA1と、注目されている酵素ARG1の発現を同時に可視化することで、ARG1を発現するミクログリア(ARG1+ミクログリア、矢印)と、発現しないミクログリア(ARG1–ミクログリア、矢頭)を識別している。
Figure 1bでは、同様の解析を雄マウスに対して実施し、iDISCO法を用いた三次元免疫組織透明化とイメージングにより、P10およびP28のマウス脳内におけるARG1+IBA1+ミクログリアの空間的分布を立体的に再構築している。これにより、ARG1+ミクログリアが時間とともにどのように局在性を変化させるかが明らかになっている。
Figure 1cでは、ARG1+ミクログリアの数的変化を定量的に示しており、P10からP28にかけてARG1+ミクログリアの総数(相対数)および単位面積あたりの数が有意に減少している(それぞれ*P=0.0002および**P<0.0001)。一方で、ARG1+ミクログリアが占める面積自体には有意な変化が見られず(NS)、これはARG1+ミクログリアの密度や局在の集中度が時間とともに変化している可能性を示している。
これらの結果から、ARG1+ミクログリアは出生後早期の脳に一時的に豊富に存在し、その後急速に減少することがわかる。このことは、ARG1+ミクログリアが脳発達の初期段階において重要な役割を果たしている可能性を強く示唆している。また、この発現動態は雌雄間で顕著な差が見られず、性に依存しないことも確認されている。

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