本日も雲が多い天気でしたが、久しぶりに少しだけ太陽が顔を出してくださいました。池のほとりの桜の花が一部開いていました。4月から、大学院に入学する方が研究室を訪問し、打ち合わせを行いました。カリキュラムやシラバス関係の作業量が多く、また寒暖の差が激しく体調管理が難しい状態が続いていますが、気を引き締めて研究活動に臨みたいものです。
解剖学発生学研究室(高橋智先生)に研究室演習で所属している医学群医学類の岡村結さんが筆頭著者の論文を紹介します。
Scientific Reports volume 14, Article number: 28774 (2024)
Impact of microgravity and lunar gravity on murine skeletal and immune systems during space travel(宇宙旅行におけるマイクログラビティおよび月面重力がマウスの骨格および免疫システムに与える影響)
Yui Okamura # 1 2, Kei Gochi # 3 4, Tatsuya Ishikawa # 5 6, Takuto Hayashi 1, Sayaka Fuseya 1 7, Riku Suzuki 1, Maho Kanai 1, Yuri Inoue 1, Yuka Murakami 1 8, Shunya Sadaki 1 9, Hyojung Jeon 1, Mio Hayama 5 6, Hiroto Ishii 5 6, Yuki Tsunakawa 4, Hiroki Ochi 4, Shingo Sato 10, Michito Hamada 1 11, Chikara Abe 12, Hironobu Morita 11 13, Risa Okada 14, Dai Shiba 11 14, Masafumi Muratani 11 15, Masahiro Shinohara 4 11, Taishin Akiyama 5 6 11, Takashi Kudo 16 17, Satoru Takahashi 18 19
Laboratory Animal Resource Center in Transborder Medical Research Center, and Department of Anatomy and Embryology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8575, Japan.
概要
長期間の宇宙飛行は、骨格系および免疫系の機能に影響を及ぼす環境ストレスを引き起こすが、そのメカニズムは完全には解明されていない。本研究では、異なる重力環境(微小重力、1/6 g(月面重力)、1 g)がマウスの行動、骨、胸腺、脾臓に与える影響を調査するため、国際宇宙ステーション(ISS)で25〜35日間飼育されたマウスを用いて解析を行った。その結果、微小重力による骨密度の減少は1 g環境ではほぼ回復したものの、1/6 g環境では部分的な回復にとどまったことが判明した。また、1 gおよび1/6 g環境は、微小重力による骨形成・骨吸収関連遺伝子発現の変化を部分的に抑制することが確認された。さらに、胸腺の萎縮は1 gおよび1/6 g環境で半分程度回復したが、遺伝子発現の変化は1/6 g環境では完全には回復しなかった。脾臓に関しては組織学的変化は観察されなかったものの、遺伝子発現の変化が認められた。本研究は、各臓器が異なる重力感受性を持つことを明らかにし、将来の宇宙飛行における健康維持のための重力閾値の解明に寄与する可能性がある。
背景
宇宙探査は医学やバイオテクノロジーを含む多くの分野で注目を集めており、特にNASAの「アルテミス」計画を中心に月面探査が進められている。しかし、宇宙環境は微小重力、心理的ストレス、高線量の宇宙放射線などの要因によって、宇宙飛行士の生理機能に大きな影響を及ぼす。これまでの研究では、長期宇宙滞在が骨密度の減少や筋萎縮、視神経浮腫、心筋肥大などを引き起こすことが報告されており、これらの健康問題を管理することが課題となっている。本研究では、ISSでのマウス実験を通じて、微小重力および月面重力が骨や免疫系に与える影響を詳細に調査し、将来の宇宙飛行における健康維持に必要な重力負荷の閾値を明らかにすることを目的とした。
方法
本研究では、ISSにおける3つのマウス飼育ミッション(MHU-1, MHU-4, MHU-5)を実施し、C57BL/6Jオスのマウスを使用した。実験では、微小重力(MG)、人工1 g(AG)、月面重力1/6 g(PG)、および地上対照(GC)の4つの重力条件を設定した。行動評価として回転棒試験および姿勢制御テストを実施し、骨の解析にはマイクロCTを用いた骨密度・骨形態評価および血漿中の骨代謝マーカー測定を行った。また、免疫組織学的解析では、胸腺および脾臓の組織染色および免疫染色を実施し、さらにRNAシークエンスを用いた遺伝子発現解析を行った。

結果
微小重力環境では、海綿骨の骨量が70%減少したが、1 g環境ではほぼ回復し、1/6 g環境では30%の回復にとどまった。また、骨代謝マーカー(TRAP, Osteocalcin)の変動は1/6 g環境でも見られたが、微小重力ほどの影響はなかった。胸腺の重量は微小重力環境では約57%減少し、1 g環境では80%回復したが、1/6 g環境では76%の回復にとどまった。組織学的には1/6 g環境では異常は見られなかったが、遺伝子発現の変化は部分的に回復した。脾臓に関しては、微小重力環境では重量が減少したが、1/6 g環境では回復傾向が見られ、赤血球関連遺伝子の発現低下も1/6 gおよび1 g環境では部分的に回復していた。
議論
本研究では、骨が微小重力に対して高い感受性を示し、1/6 g環境では完全な回復が見られなかったことが確認された。また、胸腺の重量減少は1/6 g環境でも部分的に抑制されたが、遺伝子発現レベルでは完全には回復しなかった。一方で、脾臓においては組織学的な変化は観察されなかったものの、遺伝子発現レベルでは微小重力の影響が見られた。これらの結果から、各臓器における重力の影響の程度が異なり、宇宙飛行時の健康維持に必要な重力閾値の決定が重要であることが示唆された。
先行研究との比較
本研究は、異なる重力条件(1 g, 1/6 g, 微小重力)を比較し、各臓器の重力応答性の違いを明らかにした点で新規性がある。また、長期間の宇宙飛行(25–35日間)における骨・免疫系の変化を詳細に解析し、RNAシークエンスを用いた遺伝子発現解析を行うことで、宇宙環境が免疫系に与える影響を評価した点も先行研究と異なる。本研究ではマウスのみを対象としており、ヒトへの適用にはさらなる研究が必要である。また、帰還後2日後に組織を採取しているため、地球の重力環境の影響が一部含まれる可能性がある。本研究の知見は、宇宙飛行士の健康維持に必要な最小重力閾値の決定に寄与する可能性がある。また、月・火星探査における健康管理のための重力負荷の最適化や、宇宙環境が免疫系に与える影響のメカニズム解明による医療・創薬研究への応用が期待される。






