再掲) 実験室の光景 -才能の芽吹きを見つめる-

研究室の入っている建物は、芸術系の教員が設計した船型をした構造になっており、優美な曲線が目を引く。医学医療系の解剖学・生理学、人間系の心理学領域(基礎心理学や臨床心理学)、体育、芸術系の研究室が入る学際研究棟に相応しい陣容になっている。居室の窓は大きく、窓辺には鳥が集って、その表情まで具に観察することができる。研究棟の近くの池は、かつてこの一帯が湿地帯であったことを想起させる。医学棟から少し離れているので、雨の日に解剖実習に行くのは少し苦しさを覚えることもある。この研究棟からつくばに昇る朝日を見るのが好きで、東側の窓を開けて冷気に触れてから仕事を開始する。夕方には、夕陽が朱く空を染める様が美しい。

学生の集中力に満ちた眼差しと、慎重な作業に、かつての自分の姿を重ねる。彼らは皆、独自の輝きを持っている。一人は卓越した観察力で細胞や組織の構造を描き出す。別の学生は、斬新な実験手法を提案し、私たちの研究に新たな展望をもたらしてくれる。データ解析に長けた学生は、複雑な実験結果から意味のあるパターンを見出す才能を見せる。

仮説が覆されても諦めず、むしろその予想外な結果に新たな可能性を見出そうとする。実験がうまくいかない日々が続いても、根気強く実験手順を改善していく。科学者としての真摯な探究心を見る。与えられた課題をこなすだけでなく、自ら疑問を見出し、その解明に向けて自発的に動き出す。その姿は、まさに研究者としての芽生えそのものである。彼らの斬新な視点は、スタッフの固定観念を揺さぶり、新たな研究の方向性を示唆してくれる。時には、教員の説明の不備を鋭く指摘してくれることもある。それは教員にとって、成長の機会となる。彼らと共に研究できることは、この上ない幸せである。

研究室という小さな宇宙の中で、私たちは共に成長を続けている。若き才能たちが次々と羽ばたいていく姿を見送りながら、また新たな才能との出会いを心待ちにしている。彼らこそが、未来を切り拓いていく希望なのだから。

2024年10月24日掲載


「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。そして誰にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。(宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』)

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