望月を見上げて (November 18, 2024)

本日は、医療科学類4年生が論文紹介を、生物学類2年生が研究進捗報告をしました。お二人とも様々な活動でお忙しいようでした。来年度から、卒業研究を行う予定の学生も参加してくださいました。スタッフは、先週の実習の片付けと実験、新しい論文の執筆を行いました。

2024年11月16日の満月は、藤原道長の『望月の歌』に登場する月とほぼ同じだったそうですが、つくば市では雲が多い天気で、”望月”を直接見ることは難しかったです😢それでも15日と17日には、明るい月を見ることができました。様々な業務の合間に、電気を消した居室から、月を見上げる贅沢な時間を過ごすことができました。冷たい空気と明るい月光の中、来し方と行く末について思いを巡らしました。

Nat Neurosci. 2024 Nov;27(11):2253-2260. doi: 10.1038/s41593-024-01741-0. Epub 2024 Sep 16.

Neuroanatomical changes observed over the course of a human pregnancy (ヒトの妊娠に伴う脳の神経解剖学的変化)

Laura Pritschet, Caitlin M. Taylor, Daniela Cossio, Joshua Faskowitz, Tyler Santander, Daniel A. Handwerker, Hannah Grotzinger, Evan Layher, Elizabeth R. Chrastil & Emily G. Jacobs

University of California, Santa Barbara, CA, USA

Abstract

Pregnancy is a period of profound hormonal and physiological changes experienced by millions of women annually, yet the neural changes unfolding in the maternal brain throughout gestation are not well studied in humans. Leveraging precision imaging, we mapped neuroanatomical changes in an individual from preconception through 2 years postpartum. Pronounced decreases in gray matter volume and cortical thickness were evident across the brain, standing in contrast to increases in white matter microstructural integrity, ventricle volume and cerebrospinal fluid, with few regions untouched by the transition to motherhood. This dataset serves as a comprehensive map of the human brain across gestation, providing an open-access resource for the brain imaging community to further explore and understand the maternal brain.

妊娠は毎年何百万人もの女性が経験する、ホルモンと生理学の両面で劇的な変化が起こる期間である。しかし、妊娠中に母親の脳内で起こる神経の変化については、人間ではあまり研究されていない。精密画像処理を活用して、妊娠前から出産後2年までの神経解剖学的変化を1人の被験者についてマッピングした。その結果、灰白質体積と皮質厚が脳全体で顕著に減少し、白質微細構造の完全性、脳室体積、脳脊髄液の増加と対照的な変化を示した。また、母親になることによる影響を受けていない脳領域はほとんどなかった。このデータセットは、妊娠期間中のヒトの脳の包括的な地図として役立ち、母親になることによる脳の変化をさらに探求し理解するための、脳画像研究コミュニティ向けのオープンアクセスリソースを提供するものである。

背景

妊娠は著しいホルモンおよび生理的変化を伴う時期であり、胎児の発達を支えるために母体の代謝率、酸素消費量、免疫調整などが大幅に変化する。特にステロイドホルモンの急激な上昇(エストラジオールやプロゲステロン)は、中枢神経系のリモデリングを引き起こす。このようなホルモンによる変化は動物モデルでよく研究されているが、妊娠中の人間の脳でどのような変化が起こるのかについては、未だ不明な点が多い。本研究は、この未解明の領域に対する新しい知見を提供することを目的としている。

方法

被験者
38歳の初産婦で、健康な状態で妊娠を迎え、経腟分娩で出産した。妊娠は体外受精(IVF)により達成され、これにより正確な妊娠週数の計測が可能となった。妊娠および分娩中に重大な合併症はなく、被験者は16ヶ月間授乳を行った。

スキャンと血清測定

  • 妊娠前3週間から産後2年間で26回のMRIスキャンを実施。
  • 画像取得には3T Prismaスキャナーを使用し、T1強調画像、T2強調画像、拡散テンソル画像を取得。
  • 血清ホルモン濃度(エストラジオール、プロゲステロン)を計測。

解析手法
MRIデータは、ANTsとFreeSurferのパイプラインを用いて解析した。灰白質体積、皮質厚、白質微細構造、脳脊髄液量などを定量化し、時間的な変化をモデリングした。

図1は、妊娠に伴う脳の構造的変化を詳細に追跡した結果を示している。この図では、妊娠期間を通じたホルモン濃度の推移、MRIスキャンの実施スケジュール、そして脳構造測定値の変化が描かれている。まず、図1aは妊娠期間を三つの三半期(トリメスター)に分け、各週ごとの進行を視覚的に示している。これにより、妊娠経過の標準的な枠組みが提供されている。次に、図1bでは、妊娠中にエストラジオールとプロゲステロンの濃度が急激に増加し、産後に急激に低下する様子を描いている。具体的には、妊娠前にはエストラジオールが3.42 pg/ml、プロゲステロンが0.84 ng/mlであったのに対し、妊娠終了3週間前にはエストラジオールが12,400 pg/ml、プロゲステロンが103 ng/mlと急上昇している。そして産後3ヶ月には、それぞれ11.50 pg/mlと0.04 ng/mlに低下している。この劇的な変化は妊娠中のホルモンの重要性を示唆している。
さらに、図1cは、被験者である38歳の初産婦が妊娠前3週間から産後2年間にわたり、計26回のMRIスキャンを受けたスケジュールを示している。このスキャンは妊娠前、第一三半期、第二三半期、第三三半期、そして産後に分布しており、全ての期間を網羅的にカバーしている。この厳密なスケジュール設定により、妊娠中および産後の脳変化を詳細に記録していることがわかる。そして図1dでは、妊娠中の灰白質体積(GMV)、皮質厚(CT)、脳全体の体積が減少し、産後には一部回復することが示されている一方、白質微細構造の完全性(QA)、脳室体積、脳脊髄液(CSF)の量は妊娠中に増加し、産後急減する非線形的な変化を示している。統計解析では、これらの変化が明確にモデル化されており、灰白質体積や皮質厚の減少はほぼ線形的(R²_adj = 0.91)であり、脳室体積やCSFの増加は二次的なパターンを示している。
全体として、図1は妊娠中および産後の脳の構造変化がホルモン濃度の大幅な変動と密接に関連していることを示しており、妊娠期間中の脳の可塑性を理解する上で重要な洞察を提供している。

結果

灰白質体積と皮質厚の減少
妊娠期間中、灰白質の体積と皮質厚がほぼ全脳で減少した。特に80%の脳領域で顕著な変化が観察され、制御ネットワーク、注意ネットワーク、感覚ネットワークが大きく影響を受けた。これらの変化は妊娠週数と強く相関しており、産後にわずかに回復する傾向が見られた。

皮質下領域の体積変化
海馬(CA1、CA2/CA3)の非線形的な体積減少が確認され、視床下部を含む腹側間脳、尾状核、被殻、脳幹でも体積減少が観察された。これらの変化は妊娠中を通して徐々に進行し、一部は産後も継続した。

白質微細構造の向上
白質の微細構造(定量異方性:QA)は妊娠中期から後期にかけて向上した。特に脳梁、弧状束、下前頭-後頭束、下縦束で顕著な変化が確認された。ただし、これらの変化は産後には基準値に戻る傾向があった。

脳室容積と脳脊髄液量の増加
妊娠期間中、脳室容積と脳脊髄液量が大幅に増加し、妊娠終了後には急激に減少した。

ホルモンとの相関
エストラジオールおよびプロゲステロン濃度の上昇が灰白質体積減少および白質微細構造向上と強く関連していることが確認された。

考察

  • 妊娠期間中の脳の変化は、母性行動を支える神経回路のリモデリングを反映している可能性が高い。灰白質体積の減少は、不必要なシナプスを削減し、効率的な情報処理を促進する「精密化」の一環と考えられる。
  • 白質微細構造の向上は、妊娠中の認知的および感覚的応答性の向上を支持している可能性がある。
  • 体液貯留による脳組織の圧迫が、MRIで観察された一部の変化に影響を与えた可能性も示唆される。
図4では、妊娠期間および産後における白質微細構造の変化が示されている。この図は、白質微細構造の指標として用いられる定量異方性(QA)の測定結果に基づいており、妊娠が進行するにつれて白質の微細構造がどのように変化するかを詳細に解析している。図4aは、脳内の主要な白質経路におけるQAの増加を示しており、特に脳梁や弧状束、下前頭-後頭束、下縦束といった重要な経路で顕著な変化が観察された。この変化は、妊娠36週目までの期間における進行と強く相関している。
さらに、図4bでは、妊娠段階(第一三半期、第二三半期、第三三半期)および産後におけるQA値の変化を要約している。各妊娠段階で、QA値は徐々に増加し、特に妊娠後期に最も高い値を示すが、産後には基準値に戻る傾向が見られる。これらの結果は、妊娠中における白質微細構造の向上が一時的な現象であり、産後には安定化することを示唆している。また、QA値の変化は脳内の特定の経路(例: 脳梁、下前頭-後頭束)で特に顕著であり、妊娠中の脳の適応的な神経可塑性を示している。
全体として、図4は妊娠期間中における白質微細構造の向上が、母性行動や認知機能の準備に関与する可能性を示唆しており、妊娠中の脳の動的な変化を理解する上で重要な情報を提供している​。

新規性
妊娠期間中の脳変化を詳細に時系列で解析した初の研究である。従来の妊娠前後比較では捉えられなかった動的な変化を明らかにし、妊娠中の脳の可塑性に関する新たな知見を提供した。

限界
サンプルサイズが1名に限られるため、結果の一般化が難しい。
妊娠中のストレス、栄養、睡眠などの変数を十分に統制していない。
水分貯留や測定技術による影響を除外する追加的検討が必要である。
潜在的応用
妊娠関連精神疾患(産後うつ病など)の早期発見や介入に貢献できる可能性がある。
母性行動や育児能力の神経基盤を理解し、最適な介入法を設計する手助けとなる。
神経疾患の治療や再生医療への応用が期待される。

月夜の晩に、
少年は、
波に向かって、
叫びたり、
月に向かって、
叫びたり。

波の音は、
高く、低く、
少年の声を、
呑んでしまふた。
月は、冷たく、
光り、光り、
少年の額を、
照らしてゐた。

少年はひとり、
涙を呑み、
波間に向かって、
叫びたり、
月に向かって、
叫びたり。

月夜の浜辺 中原中也

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