解剖実習最終日に寄せて (2025年)

皆さん、6週間の実習お疲れ様でした。特別な話になりますが、皆さん自身の「本当の意味での学び」が始まるのは、まさにこの解剖実習だと思います。

それはどういうことかと言いますと、今まで皆さんが大学に入ってから取り組んできた勉強もそうですし、小さい頃から積み重ねてきた勉強や試験というのは、すべて皆さんのために用意されたものでした。そこには決まった正解があり、きちんと勉強すれば、みんな同じような内容を同じように学んできたわけです。

しかし、解剖実習はまったく異なります。皆さんも気づかれたと思いますが、まず、ご遺体は一体一体すべて違っています。そのご遺体には、生前の病気や生き方、生活のすべてが反映されていて、同じものは一つもありません。つまり、これまでの「皆が同じように学ぶ世界」とは、まったく違う世界なのです。

さらに、皆さんは最初に教科書や図を見ながら学んできたと思います。しかし、実際に現場に立ってみると、そこには想像を超える大きなギャップがあったのではないでしょうか。現実は、教科書に書いてあることと全く違って見えたと思います。そうしたところが、これまでの勉強との大きな違いなのです。

例えるなら、今までの学校の勉強というのは「足のつく浅いプール」で水泳の練習をしていたようなものです。それに対して、解剖実習や、これから皆さんが経験する臨床実習、さらには初期研修など、一人前の医師になるための道のりは、川や海といった「自然の中」で、何が起こるかわからない状況で学んでいくものです。

この解剖実習こそが、そのスタート地点です。

現実の世界では、患者さん一人ひとりが異なり、何が起こるか分かりません。解剖実習も同じで、どのようなご献体と出会うかは分かりません。このような状況でこそ、深い学びが得られたのではないかと思います。ここから皆さんの本当の学びが始まります。そして、白菊会の皆様のご厚意によって、この貴重な解剖実習を経験することができたのです。

この先の臨床実習でも、大学病院をはじめ多くの患者さんの協力が必要になりますし、さらにその後の研修、そして一人前の医師を目指す道のりも、患者さんの協力なしには成り立ちません。ですから、これからも教科書には書いていない、何が起こるか分からない現場で、真剣勝負の気持ちを持って成長を続けてほしいと思います。

今後の皆さんのご健闘を、この場を借りて心よりお祈りしています。

2025年6月20日(金) 筑波大学 医学群医学類 系統解剖実習 納棺式にて

医学医療系 生命医科学域 解剖学・神経科学研究室 教授

医学群長

武井 陽介

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