機会は準備された心を好む-Le hasard ne favorise que les esprits préparés.

1938年12月20日、連合艦隊はその戦時編成を解散し、東郷平八郎連合艦隊司令長官は翌21日、解散式を行い、下述の所信を述べて告別の辞としました(起草は参謀秋山真之によるとされる)。アメリカ合衆国のセオドア・ルーズベルト大統領はこの文書に大いに感動し、陸海軍長官に書簡を送ってこれを陸海軍人に教示するよう促したと言われています。

聯合艦隊解散之辞

二十閲月の征戦已に往時と過ぎ、我が連合艦隊は今や其の隊務を結了して茲に解散する事となれり。 然れども我等海軍軍人の責務は決して之が為めに軽減せるものにあらず。此の戦役の収果を永遠に全くし、 尚益々国運の隆昌を扶持せんには、時の平戦を問はず、先づ外衝に立つべき海軍が常に其の武力を海洋に保全し、一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す。

而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。 近く我が海軍の勝利を得たる所以も、至尊の霊徳に頼る所多しと雖も、抑亦平素の練磨其の因を成し、 果を戦役に結びたるものして、若し既往を以て将来を推すときは、征戦息むと雖も安じて休憩す可らざるものあるを覚ゆ。

惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理無し。事有れば武力を発揮し、 事無ければ之を修養し、終始一貫其の本分を尽さんのみ。過去の一年有半、彼の風濤と戦ひ、寒暑に抗し、屡頑敵と対して生死の間に出入せしこと固より容易の業ならざりしも、観ずれば是れ亦長期の一大演習にして、 之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し、豈之を征戦の労苦とするに足らんや。苟も武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるも宛も沙上の楼閣の如く暴風一過忽ち崩倒するに至らん、洵に戒むべきなり。

昔者神功皇后三韓を征服し給ひし以来、韓国は四百余年間我が統理の下にありしも、一たび海軍の廃頽するや忽ち之を失ひ、 又近世に入り徳川幕府治平に狃れて兵備を懈れば、挙国米艦数隻の応対に苦み、露艦亦千島樺太を覦覬するも之と抗争すること能はざるに至れり。 翻て之を西史に見るに、十九世紀の初めに当り、ナイル及トラファルガー等に勝ちたる英国海軍は、祖国を泰山の安きに置きたるのみならず、 爾来後進相襲で能く其の武力を保有し、世運の進歩に後れざりしかば、今に至る迄永く其の国利を擁護し、国権を伸張するを得たり。

蓋し此の如き古今東西の殷鑑は為政の然らしむるものありしと雖も、主として武人が治に居て乱を忘れざると否とに基ける自然の結果たらざるは無し。

我等戦後の軍人は深く此等の實例に鑒み、既有の練磨に加ふるに戦役の実験を以てし、更に将来の進歩を図りて時勢の発展に後れざるを期せざる可らず。 若し夫れ常に、聖諭を奉體して孜々奮励し、実力の満を持して放つべき時節を待たば、庶幾くば以て永遠に護国の大任を全うすることを得ん。

神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。

古人曰く勝て兜の緒を締めよと。

明治38年12月21日 連合艦隊司令長官 東郷平八郎

偶然は準備のできていないものには微笑まない

要約すると、日露戦争終結に伴い連合艦隊は解散されるが、海軍軍人の責務は少しも軽くならない。軍備は艦艇や兵器だけでなく、訓練と経験による無形の実力が決め手である。勝利は平時にも油断なき鍛錬で活かされ、怠れば歴史が示す通り国力を失う。武人は常に聖諭を奉じ、戦役で得た教訓を糧に進歩を重ね、いかなる緊急事態にも即応できる態勢を維持せねばならない。それによって初めて国家防衛の大任を永く全うし得る。神は日頃の鍛練を積む者に勝利の栄光を授け、一度の勝利に安んずる者からはそれを奪う。よって「勝って兜の緒を締めよ」の戒めを忘れてはならない。かくして戦後も決して油断せず努力を継続すべきなのであり、これが永続的な国防の要諦である。という内容になる。

研究者にとって、大きな研究プロジェクトの終了や学術的な成功は、責任が軽くなることを意味するわけではない。むしろ、そこで得た経験や知見をさらに活かし、次の段階へと繋げるための一歩に過ぎない。研究力は、論文数や装置などの「有形」の資源だけで決まるのではなく、蓄積された思考力や問題解決能力、粘り強さ、そして新たな課題に迅速に対処できる「無形」の実力によっても左右される。継続的なトレーニング、学術分野の動向把握、新たな技術習得、コラボレーションの深化といった、知的戦力の強化を断続的に行うことが求められる。神は日頃の鍛練を積む者に勝利の栄光を授け、一度の勝利に安んずる者からはそれを奪う。

フランスの細菌学者パスツールは「… par hasard, direz-vous peut-être, mais souvenez-vous que dans les champs de l’observation le hasard ne favorise que les esprits préparés …(… 偶然だと仰るかもしれませんが、思い出しましょう、観察の分野では機会は準備のできている精神だけを好むのです、…)」と述べた。

「幸運は用意された心のみに宿る」という言葉は、一見すると「運は偶然や奇跡ではなく、あらかじめ準備を整えた人にこそ訪れる」という意味合いを持っています。フランスの科学者ルイ・パスツール(Louis Pasteur)が残した「Chance favors the prepared mind(機会は準備された心を好む)」という言葉が有名で、日本でも同様の意味を表現する際に引用されたり、意訳として使われたりしています。単に「運がいい・運が悪い」という結果だけを嘆いたり喜んだりするのではなく、「いつどのようなチャンスが巡ってきても、それを掴み取れるよう心の準備をしておこう」という姿勢の大切さを述べています。いくらチャンスが巡ってきたとしても、受け取る側が何の準備もしていなければ活かせずに終わってしまうかもしれません。また、普段から学習や訓練を積んでおけば、ほんの些細なきっかけさえも大きく成長する糧に変えられる可能性が高まる、ということを意味しています。「幸運」を招くためには日々の努力や学びが不可欠であり、その土台があるからこそ“思いがけない幸運”を自分の力に変えられる、というメッセージが込められているといえます。研究対象と十分に丁寧に向かい合い、自然の女神Naturaの素顔を見ることを心掛けたいものです。

2024年12月31日掲載

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