ウィリアム・カウパー (William Cowper)が1698年に出版した解剖学書『The Anatomy of Humane Bodies』は、その精密な解剖図版が大きな注目を集めましたが、これらの図版の多くがオランダの解剖学者ゴビエール・ビドローの著書『Anatomia Humani Corporis』(1685年)の図版を無断で使用したものであったことが発覚し、大きな議論を呼びました。ビッドゥーの図版は、オランダの画家ジェラール・デ・レールス(ライレッセ)による約105枚の非常に精巧で芸術性の高いもので、当時の解剖学書の中でも画期的な存在でした。しかし、カウパーはこれらを自身の書物に流用し、わずかな改変を加えたものの、図版の出典を明記せず、自身の業績であるかのように出版しました。

左:ビドロー『Anatomia Humani Corporis』(1685年) 右:カウパー『The Anatomy of Humane Bodies』(1698年)
この件にビドローは強く反発しましたが、当時の著作権法が未整備であり、またオランダとイギリスの地理的な距離もあって、正式な法的措置は取られることはありませんでした。その結果、カウパーの書物は広く流通し、ビドローの図版がカウパーの名声を高める役割を果たすという皮肉な結果を生みました。
この事件は、解剖学の発展において重要な影響を及ぼしました。ビドローの図版はその精密さと芸術性から解剖図版の模範とされ、後の解剖学書における図版の質の向上を促しました。また、この事件をきっかけに、学問における著作権や倫理の問題が広く認識されるようになり、他者の業績に対して適切なクレジットを与える必要性が強調されるようになりました。
一方で、カウパーの『The Anatomy of Humane Bodies』は内容の充実度や科学的な価値が高かったため、図版の無断使用が問題視されつつも、解剖学分野において非常に高い評価を受けました。この事件は、カウパーの名声を確立するとともに、解剖学の進展に寄与する結果となりました。
ゴビエール・ビドローとウィリアム・カウパーの間のこの事件は、単なる学術的スキャンダルにとどまらず、解剖学や医学の発展、さらには国際的な学術交流における課題を浮き彫りにしました。これを契機に、学術的倫理や著作権意識が向上し、解剖学における図版の重要性が再認識されるなど、学問全体の進展に影響を与えた重要な出来事でした。
〇カウパー腺(Cowper’s glands)の発見
ウィリアム・カウパーの名前を冠した「カウパー腺(bulbourethral glands)」は、男性の生殖器官において尿道球付近にある小さな腺です。この腺の発見はオランダの解剖学者ジャン・マリオットによって先に記載されていましたが、カウパーが詳細に記述したため、彼の名前が広く使われるようになりました。


