本日は、フロンティア医科学学位プログラム8月期入試の合格のお祝いを行い、医学類M3の学生と生物学類人間生物コースの学生が研究進捗報告を行いました。最後に、医学群長の武井が論文紹介を行いました。
Science. 2024 Jul 26;385(6707):409-416. doi: 10.1126/science.adk7411. Epub 2024 Jul 25.
Neurons for infant social behaviors in the mouse zona incerta (マウスの視床下部不確帯における乳児社会行動の神経細胞)
Yuexuan Li 1 2, Zhong-Wu Liu 2, Gustavo M Santana 1 3, Ana Marta Capaz 4, Etienne Doumazane 4, Xiao-Bing Gao 2, Nicolas Renier 4, Marcelo O Dietrich 1 2 3
Affiliations
- 1Laboratory of Physiology of Behavior, Department of Comparative Medicine, School of Medicine, Yale University, New Haven, CT 06520, USA. イェール大学
編集部要約
発達過程における社会的行動の基盤となる神経メカニズムは、完全には解明されていない。Liらは、仔マウスが母親と分離・再会する際の、乳児と母親の絆の神経基盤を研究した。脳の不確帯(Zona Incerta)にあるソマトスタチン(SST)を発現する神経細胞は、仔マウスが母親と再会するとその活動を増加させた。この神経細胞集団の活性を調節することで、仔のストレスと学習行動に影響を及ぼした。このことは、これらの神経細胞が乳幼児期に社会的感覚情報を処理し、ストレスを最小限に抑え、学習を促進するために重要であることを示唆している。
Abstract
Understanding the neural basis of infant social behaviors is crucial for elucidating the mechanisms of early social and emotional development. In this work, we report a specific population of somatostatin-expressing neurons in the zona incerta (ZISST) of preweaning mice that responds dynamically to social interactions, particularly those with their mother. Bidirectional neural activity manipulations in pups revealed that widespread connectivity of preweaning ZISST neurons to sensory, emotional, and cognitive brain centers mediates two key adaptive functions associated with maternal presence: the reduction of behavior distress and the facilitation of learning. These findings reveal a population of neurons in the infant mouse brain that coordinate the positive effects of the relationship with the mother on an infant’s behavior and physiology.
乳幼児の社会的行動の神経基盤を理解することは、早期の社会的・情動的発達のメカニズムを解明する上で極めて重要である。本研究では、社会的相互作用、特に母親との相互作用に動的に反応する、離乳前のマウスの不確帯(ZISST)に存在するソマトスタチン発現ニューロンの特異的集団を報告する。仔マウスの双方向神経活動操作により、離乳前のZISSTニューロンの感覚・情動・認知脳中枢への広範な結合が、母親の存在に関連する2つの重要な適応機能、すなわち行動の苦痛の軽減と学習の促進を媒介することが明らかになった。これらの発見は、母親との関係が乳児の行動と生理に及ぼすポジティブな影響を調整する、乳児マウスの脳のニューロン集団を明らかにした。
〇不確帯とは?
不確帯(ふかくたい zona incerta)は腹側視床の一部を成す、哺乳類の脳の灰白質の小領域である。 内包の内側に位置し、視床(背側視床)の腹側に位置する。視床網様核と隣り合わせの位置にある。
マウスでは脳の「不確帯」のニューロンが好奇心を起こさせる

Results
- 母親との相互作用におけるZISST細胞の応答
- ZISST細胞(視床下部不確界のソマトスタチン発現細胞)は、母親との接触時に特異的に活性化されることが確認された。他の興奮性・抑制性ニューロン(Vglut2およびPV)では、このような反応は見られなかった(Fig. 1C, D)。
- 他の社会的刺激との比較では、同年齢の仲間や母親以外の個体(授乳中・非授乳中の雌、雄)との相互作用もZISST細胞を活性化したが、その活性化は母親との相互作用ほど強力ではなかった(Fig. 1E, F)。
- 社会的隔離後の母親との再会
- 孤立時間が10分、3時間、6時間、12時間と異なる場合でも、母親との接触がZISST細胞を一貫して活性化することが確認された(Fig. 2A-D)。母親の存在が「必要性」ではなく「存在そのもの」を認識している可能性が示唆された。
- ZISST細胞の感覚入力の統合
- 鼻嗅覚を除去(アノスミア)した場合や、髭の感覚入力を遮断しても、ZISST細胞の応答に大きな影響はなかったが、両方の感覚を同時に遮断すると神経活動が著しく減少した(Fig. 2I)。これにより、母親との相互作用には嗅覚と触覚の複合的な感覚入力が重要であることが示唆された。
- ストレス応答へのZISST細胞の影響
- ZISST細胞の活性化により、社会的隔離時の超音波ボーカリゼーション(USV)が劇的に減少し(1分あたり56回→11回未満)、コルチコステロンの血中濃度の上昇も抑制された(Fig. 3C, L)。
- 母親との再会でも、ZISST細胞の活性化は孤立による不安を緩和し、母親の行動によらずストレス応答を低減する効果が見られた(Fig. 3D)。
- 学習促進への効果
- ZISST細胞の活性化により、母親なしでも中立的な匂いと正の連合を形成することができた。一方で、ZISST細胞を抑制した場合、母親と一緒に学習しても正の連合形成が妨げられた(Fig. 4A-D)。

図5Dから5Fでは、ZISST細胞への単シナプス逆行性トレースによって、上流からの入力が詳細に解析されている。新生児SST-Creマウスに対し、ZIにTVA受容体-mCherryとGタンパク質を発現するウイルスを注入し、14日後にGFPを発現するラビズウイルスを同じ部位に再注入した結果、ZI内の注入部位においてmCherryおよびGFP陽性細胞が確認された。全脳の画像解析では、これらの細胞が大脳皮質前部、視床、視床下部など多岐にわたる領域に分布していることが示され、ZISST細胞が複数の感覚および統合領域からの入力を受けていることが明らかになった。特に、視床の腹内側核や網様核、視床下部の室傍核、外側視床下部といった領域からの強い入力が確認されており、これらの領域がZISST細胞の活動に重要な役割を果たしていると考えられる。
図5Hでは、ZISST細胞の「fan-in」と「fan-out」構造がまとめられており、これらの細胞が乳児期の感覚入力を処理し、広範な脳ネットワークを通じて行動や情動応答を調整する重要なノードであることが示されている。ZISST細胞は、感覚刺激を受けて活動し、その情報を尾状被殻や運動皮質、扁桃体、背側縫線核などに送ることで、乳児の行動を制御する。また、視床や視床下部からの多様な入力を統合することで、乳児期の複雑な社会的および情動的な応答を可能にしている。このように、ZISST細胞は、発達初期から広範なネットワークを形成し、社会的接触や母親との相互作用を通じて乳児の行動と生理機能を調整する中心的な役割を果たしていることが、図5によって明らかにされた。
Discussion
- 母親の存在が与える安心感とZISST細胞の役割
- ZISST細胞は母親との接触によって活性化され、乳児のストレス反応を和らげることが確認された。特に、超音波ボーカリゼーション(USV)やコルチコステロンの抑制が示されたことから、ZISST細胞は乳児の行動と生理的反応の双方に関与する重要なノードであると考えられる。
- 母親との再会とストレス反応の分離
- ZISST細胞の活動を抑制すると、母親との再会後もUSVが減少しない一方、コルチコステロンの応答には影響が見られなかった(Fig. 3N)。これは、行動的なストレス応答と内分泌系のストレス応答が異なる神経回路で制御されている可能性を示唆している。
- 乳児と成人におけるZIの異なる機能
- 興味深いことに、ZISST細胞の活性化は乳児期には不安の軽減と学習の促進をもたらすが、成人では逆に不安や恐怖反応を増幅することが知られている。この違いは、発達段階に応じた神経回路の再構築が関与していると考えられる。
- ZIの「fan-in」「fan-out」構造とネットワーク連携
- ZISST細胞は、複数の感覚・情動ネットワークに広範に投射する「fan-out」構造を持ち、また逆に多様な入力を受け取る「fan-in」構造も備えている(Fig. 5)。この双方向の接続性により、ZISST細胞は乳児の社会的行動を調整する中心的な役割を担う。
- 発達障害との関連性
- 本研究の成果は、発達障害(自閉スペクトラム症など)の治療戦略において重要な手がかりとなる可能性がある。母親との接触や早期の社会的経験が乳児の神経発達に及ぼす影響を理解することで、適切な介入法の開発が期待される。
以上のように、本研究はZIが乳児の社会的発達に果たす重要な役割を明らかにし、その神経基盤を初めて具体的に示した。
7月30日 幼児と母親との絆を決める不確帯(7月26日号Science掲載論文)
発達中と成体とでは、不確帯の機能は逆のようである。不確帯から、または不確帯への投射が退縮することがわかっている。









